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記事全文を読む→二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈イチロー、球宴での歴史的快挙〉
「イチロー」MLBオールスターゲーム・2007年7月10日
メジャーリーグ(MLB)で通算3089安打(日米通算4367安打)をマークしたイチロー(本名・鈴木一朗)が、日本人、いやアジア人として初となる米野球殿堂入りを果たした。
米野球殿堂入りは、全米野球記者協会に登録された取材歴10年以上の記者の投票によって決定される。
殿堂入りには75%以上の得票率が必要だが、イチローは、歴代最多の652セーブの記録を持つ元ヤンキースのマリアーノ・リベラ以来の〝満票〞が期待された。フタを開けると、わずか1票足りなかった。
いったい、誰が投票しなかったのか。MLB界隈でも随分話題になったようだが、イチローのコメントが振るっていた。
「どうやらひとり投票してくれなかった方がいるようですが、ぜひ自宅に招待して一緒にお酒を飲みたいので、名乗り出て、シアトルまでお越しください」
イチローは〝記録の宝庫〞だ。年に1度のオールスターゲームにも、しっかりとその名を刻んでいる。
2007年7月10日(現地時間)。ジャイアンツの本拠地AT&Tパーク。マリナーズのイチローはア・リーグの「1番センター」として出場した。3年前の04年、イチローはジョージ・シスラーが1920年にマークしたシーズン最多安打(257)を84年ぶりに更新する262安打を記録していた。
オールスター出場は、この年が7年連続7回目。MLBにおいて揺るぎのない地位を確立していた。
1回表の第1打席、イチローはパドレスの右腕ジェイク・ピービーのストレートをライト前へ。3回表の第2打席ではブルワーズの右腕ベン・シーツの変化球をレフト前に落とした。
イチローにとってはオールスター初のマルチヒットだったが、これは序章に過ぎなかった。
ナ・リーグの1対0で迎えた5回表、1死一塁で打席に入ったイチローはパドレスの右腕クリス・ヤングの内角ストレートを、きれいに振り抜いた。打球は右中間方向に伸びていき、スタンドに届くかと思われた。
この球場の外野は、いびつな形状をしており、外野手泣かせとして知られていた。ライトはイチローが憧れたマリナーズの先輩ケン・グリフィー・ジュニア。ゴールドグラブ賞にも10回輝いている。当時はレッズでプレーしていた。
スタンドインすると思われた打球は、フェンスを直撃し、ライト方向に転がった。打球を追ってセンター方向に走っていたグリフィーは逆を突かれた。ボールを拾ってバックホームするが、時既に遅し。俊足を飛ばしたイチローは、一塁、二塁、三塁を回り、スライディングすることなく余裕で本塁を駆け抜けた。
アナウンサーが絶叫した。「インサイドパークホームラン!」。日本でいうランニングホームランだ。米球宴初の快挙だった。この2ランがモノをいい、ゲームは5対4でア・リーグが逆転勝ちを収めた。
オールスターは、多くの選手に出場機会が与えられる。この歴史的な一撃で自分の仕事は終わったと早合点したイチローは私服に着替えた。既にサンフランシスコの有名レストランに予約を入れていたからだ。
「MVPに選ばれれば表彰もあるから帰らないでください」
イチローが私服姿のままMVPのトロフィーを受けたのは、そういう理由からだった。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。
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