30歳、40歳、50歳……年齢の節目とともに意識せざるを得ないのが“QOL”の変化。いわゆる生活や人生の質を表す指標だ。「調子がいいと感じる日が減り、いつの間にか元気を保てなくなっている……」「男性特有の悩みが気になり男として終...
記事全文を読む→【春のセンバツ】早実VS高松商は「100年ぶりの因縁激突」リベンジだったという数奇な現実
連日、熱い試合を繰り広げている第97回選抜高校野球大会。3月23日の1回戦で相まみえた東京の早稲田実業と、香川の高松商業にスポットを当てたい。
試合結果は早実が8-2で勝利し、2回戦に駒を進めた。
野球部の創部が明治38年(1905年)の早実はこれまで夏の全国大会が30回、春の選抜大会は22回で計52回の出場を誇る。
一方の高松商(旧・香川商)は明治42年(1909年)の創部で、夏の大会は22回、春も29回の計51回の出場。ともに甲子園の常連校だ。
ところが両者の対戦は、春夏通じてこれがわずか3回目。前回の対戦は、大正14年(1925年)の夏の大会決勝だった。今年は実に100年ぶりであり、春の大会では大正13年(1924年)の決勝戦以来、101年ぶりとなるというから驚きだ。
両校ともに現在の甲子園球場になる以前から出場している古豪だが、100年を超える歴史で過去に2度しか対戦していなかったのは意外だ。それも春夏の決勝で当たっているのは因縁というか…。
両校の初対戦となった1924年4月5日、春の選抜第1回大会の決勝戦の舞台は、愛知県名古屋市郊外の山本球場。高松商が早実を2-0で下し、記念すべき第1回大会の覇者となった。
2度目は翌年8月23日、第11回となる夏の大会の決勝であり、この時も高松商が早実に5-3で勝利して、夏の大会初優勝を決めている。
この時の高松商のエースは宮武三郎。卒業後は慶應義塾大学から阪急軍(現・オリックス)の創立に加わり、初代主将に。サードにはのちにやはり慶應大から東京巨人軍に入団し、巨人と東映、中日で監督になった水原茂だった。
さて、100年ぶりの試合には早実OBでソフトバンクの王貞治球団会長や、昭和55年(1980年)から57年(1982年)にかけて5期連続甲子園大会出場の荒木大輔氏が現地で観戦。その目の前で、早実が高松商に初勝利を収めた。100年ぶりのリベンジを果たしたのである。
両校の次の対戦は、いったい何年後になるのだろうか。
(石見剣)
アサ芸チョイス
ある50代の男性は、自分のスマホから見知らぬ番号へ何十件もSMSが送られていたことに、翌月の明細を見るまで気付かなかった。画面はなんら変わっていない。LINEも電話も普通に使えていた。それなのに、スマホは他人の「道具」として使われていたのだ...
記事全文を読む→本サイトは4月21日に〈「4.20北海道・東北地震」今回の後発地震注意情報は「かなりヤバイ」!「震度7」「30メートル大津波」で死者20万人の「割れ残り固着域」〉と題する記事を公開し、次のように警鐘を鳴らした。4月20日夕刻に発生したM(マ...
記事全文を読む→まさに「泣きっ面に蜂」である。ほかでもない、「後発地震」と「山林火災」と「クマ出没」という、未曽有の「三重苦」に見舞われている岩手県大槌町の被害実態だ。町民の心胆を寒からしめているコトの次第を、時系列に沿って追ってみると…。三陸のリアス式海...
記事全文を読む→

