スポーツ
Posted on 2025年05月07日 09:58

元祖・天才ドリブラー・佐々木博和「16歳で日本代表をガンガン抜き去り」伝説

2025年05月07日 09:58

 これまで「天才ドリブラー」と呼ばれる選手は、サッカー界に数え切れないくらい登場した。しかし筆者にとって忘れられない天才トリブラーは、ヴェルディ川崎、セレッソ大阪で活躍したMF佐々木博和だ。

 佐々木は1979年に日本で開催されたワールドユース選手権(現U-20W杯)の代表候補に選出。そのドリブルは15歳の頃から注目されていた。来日中のペレが佐々木のドリブルにほれ込み「ブラジルに連れて帰りたい」と称賛するほどだった。

 初めて彼のプレーを目にしたのは1978年、ユース代表候補と日本代表との練習試合。当時、まだ16歳だ。所属の枚方FCでは「大好きなドリブルの練習しかしていなかった」という。

 身長160センチくらいで、子供のようにヒョロっとして小さな佐々木がボールを持つと、得意のドリブルで日本代表を翻弄。最も鮮烈な印象を残したのがドリブルでスルリスルリ3人、4人と抜き去り、最後はセンターバックがユニフォームを引っ張って止めたシーンだった。

 これは当時のサッカーファンに衝撃を与え、ユース代表での活躍が期待された。ところが佐々木は高校の出席日数が足りず、「学業優先」を理由にユース代表を辞退してしまった。当時としては珍しいクラブ育ち(枚方FC)で、高校のサッカー部所属選手のような融通がきかなかったのだ。

 大きなチャンスを逃したように思えるが、この時のことを佐々木は「サッカーで食べていくつもりはなかったので、後悔はしなかった」と淡々と語っている。

 それでもサッカーを愛する気持ちは変わらず、高校卒業後はJFLの松下電器でプレー。Jリーグ開幕時には、ヴェルディ川崎に所属した。

 佐々木のボール扱いの上手さは、テクニシャン揃いのヴェルディの中でも群を抜いていた。とはいえ、ドリブルやボール扱いが上手ければ活躍できる…というわけではない。むしろスピードとフィジカルが重視されていた当時のJリーグには、うまくフィットしていなかったかもしれない。

 その後、JFLのセレッソ大阪に移籍し、Jリーグ昇格に貢献。1995年に33歳で現役を引退した。

 引退後は指導者に転身。「ブラジル代表のロナウジーショのようなドリブラーを育てたい」という夢を語っていた。選手をやめても、あくまでドリブルにこだわり続けていたのだ。

(升田幸一)

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2022年07月05日 17:58

    可愛さ余って憎さ百倍。いやはや、この2人のバトルは本当にすさまじかった。沢口靖子が主演したNHK連続テレビ小説「澪つくし」や、渡辺謙主演の大河ドラマ「独眼竜正宗」の脚本を手掛け、飛ぶ鳥を落とす勢いだった脚本家のジェームス三木氏。ところが19...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年04月06日 15:30

    1991年10月から毎年、春と秋の改編期に放送される「TBSオールスター感謝祭」。TBSの人気番組や新番組に出演する俳優やタレントらがクイズやゲームで競う、いわば番宣番組だ。今年は4月4日に放送されたのだが、番組の名物コーナー「赤坂5丁目マ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年07月31日 06:45

    堺雅人主演ドラマ「VIVANT」(TBS系)が3年ぶりの続編でも、圧倒的な存在感を放っている。第2シーズンの初回放送は、平均世帯視聴率18.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録。放送中にはXで世界トレンド1位になった。前作は2023年...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/8/4発売
    ■690円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク