「捕手のサインを盗み見てはいけない」
「二塁走者が打者にサインを教えてはいけない」
「6点以上でリードしている場合、攻撃側は6回以降、バント・盗塁などはしない」
「ノーヒットノーランや完全試合、投手タイトルがかかっている場面では、バントヒットを狙わない」
野球には公認野球規則(ルールブック)に記されずとも、守ることになっている不文律が存在する。これはすでに勝敗を決した相手を貶めることなく敬意を表するための、いわば暗黙の了解。したがって、不文律を破るような行為が行われた場合、メジャー、日本プロ野球界問わず、故意死球などの報復を受けることがあるとされる。
だがいかんせん正式ルールではく、成文化されているわけでもないため、時としてこの不文律通りにはいかないことがある。その代表的な例が、ヤクルトの監督兼捕手だった古田敦也を大いに激怒させ、大乱闘を引き起こす要因になった「大事件」だ。
2007年4月19日。神宮球場で行われたヤクルト×横浜戦。プレイングマネジャーの古田は、捕手として史上5人目の通算2000試合出場を達成した。そんなメモリアルゲームだったが、試合は7回表までにヤクルトが0-11と大量リードを奪われ、もはや死に体に。
そんな試合展開にあって、二死一塁の場面で横浜の石川雄洋が突如、二盗を試みたことで、古田の怒りが爆発する。二塁へ送球することなく横浜ベンチを振り返ると、怒りをあらわにこう叫んだのである。
「何しとんじゃ、ボケ!」
これに触発されたヤクルトファンからも怒号が出て、騒然となるグラウンド。険悪ムードの中でプレーが再開すると、事件は起こった。
マウンドの遠藤政隆が投げたボールが次打者・内川聖一の背中を直撃したのだ。この報復行為ともとれる投球で、球場はどよめきに包まれる。悶絶しながらも、一塁へ進む内川。
しかし、ヤクルト側の怒りは収まらなかったのか、遠藤は続く村田修一にも頭部死球を与えた。殺気立った横浜ベンチがマウンド目指して一斉に飛び出し、両軍は「お前、わざと当てやがったな」「なんだと!」とつかみ合いの大乱闘に。
深谷篤球審は遠藤に危険球退場を宣告したのだが、納得できないのが古田だ。
「カーブのすっぽ抜けやし、なんで危険球なんや。お前、常識持ってんのか。何キロ出てたんや!」
今度は深谷球審に食ってかかると、
「なんでお前らに敬語使わなあかんのや!」
と暴言を連発。その結果、古田も遠藤ともども、退場を余儀なくされることになってしまった。
そういえば「野球の不文律」には「乱闘の際はベンチやブルペンを出て、(制止のためにも)参加しなければいけないが、その際には野球道具を使用してはならない」という暗黙の了解があるとされる。
ともあれ、両チーム関係者とファンにとって、忘れることのできない因縁の試合となってしまったのである。
(山川敦司)