「世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相」春名幹男/1067円・朝日新書
89年の東西冷戦終結から現在のウクライナ侵攻までの舞台裏にはスパイの暗躍があった─。世界各国の情報機関は、どのような秘密工作を仕掛けてきたのか。国際ジャーナリストの春名幹男氏がスパイ活動の実態を明かす。
名越 米国とソ連の冷戦終結から現在までの四半世紀以上、国際政治の裏面史がスパイの暗躍とともに書かれていて、鳥肌が立ちました。91年のソ連崩壊は、米国のレーガン大統領とフランスのミッテラン大統領が、ソ連に対する強硬策で協力したことが始まりだったわけですね。
春名 はい。81年のカナダのオタワサミットで初対面した2人は、ソ連を共通の敵と認識。ミッテラン大統領はソ連の情報機関(KGB)のスパイ・ベトロフから入手した情報をレーガン大統領に提供しました。
名越 べトロフの情報によって、ソ連が70年代から西側諸国のハイテク技術を秘密裏に獲得していたことが判明したんですね。
春名 そうです。レーガン大統領は、アメリカの中央情報局(CIA)に秘密工作の検討を指示。不良品の半導体などを供給網に紛れ込ませ、ソ連に輸入されるよう仕組みました。石油や天然ガスがパイプラインを流れる速度や、パイプに掛かる圧力をコントロールする半導体は、いずれ故障するように細工されていました。
名越 そして81年のサミットの翌年、ソ連で大規模なパイプライン事故が発生した。大爆発した詳しい場所や被害の程度は、わからないんですか。
春名 現在も正確には不明です。ただ、米国の国家安全保障会議(NSC)にいた知人によれば、相当に大規模な爆発だったようです。多くの情報機関から「核爆発か」との問い合わせがあったそうですが、ソ連側ではいっさい報道されていません。のちに元KGB幹部に会った時に尋ねましたが、何も話してくれませんでした。
名越 爆発は経済に大打撃を与えましたが、さらにレーガン政権は、ソ連崩壊に向けた秘密工作を実践しました。
春名 アメリカはサウジアラビアとの関係を強化し、85年には、原油生産量を6カ月間で4倍に増産させます。石油や天然ガスで稼いだ外貨で穀物を輸入していたソ連は、増産で石油価格が下がることが最も困るわけです。当時、ソ連のゴルバチョフ書記長の片腕だった幹部が日記で「パンがない」と嘆くほどの貧困に陥りました。
名越 91年12月、ついにソ連は崩壊しました。その時、私はモスクワ勤務でした。当時はゴルバチョフと、初代ロシア大統領のエリツィンの権力闘争が崩壊の原因かと思っていました。
春名 レーガン大統領とCIAの戦略が見事にハマったのが真相と言えます。
ゲスト:春名幹男(はるな・みきお)1946年京都市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。国際ジャーナリスト。共同通信社ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て、ワシントン支局長。07年退社。07~12年名古屋大学大学院教授・同特任教授。10~17年早稲田大学大学院客員教授。94年度ボーン・上田記念国際記者賞、04年度日本記者クラブ賞、21年度石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞受賞。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学客員教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「独裁者プーチン」(文春新書)など。