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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈400勝男・金田正一がやらかしたサヨナラ敬遠暴投の真実〉
国鉄(現ヤクルト)の若き左腕エース・金田正一の「怒りの1球」は捕手の頭上1メートルを越え、バックネットに当たってグラウンドに転がった─。
三塁からサヨナラの走者が本塁を踏んだ。金田は怒りが収まらない。
400勝という前人未踏の大記録を樹立した金田は、実働20年で944試合に登板しているが、たった1度だけサヨナラ敬遠暴投をやらかしている。
国 0 1 0 0 0 0 0 2 1 0 0 0 0=4
巨 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1=5
1952年8月9日、札幌・円山球場での巨人対国鉄16回戦は、巨人・大友工と金田の投げ合いとなった。スコアは4対4のまま延長戦に突入した。
13回裏、巨人は先頭の7番・平井三郎が中前に弾き返すと、8番の広田順も左中間安打した。送球の間に広田が二塁に進んで、無死二、三塁となった。
打順は9番の大友だ。ここで巨人の監督・水原茂は代打に右投右打の投手・藤本英雄の名をコールした。
ここ一番の場面で投手が代打‥‥これには十分なワケがあった。
6年前の46年11月23日、後楽園球場でこの年のシーズン最後を飾る「第9回日本野球優勝大会」が開催された。
その初日の第2試合は巨人対金星(ロッテの前身の1つ)戦だった。
試合は8回表まで金星が3点をリードしていた。巨人はその裏、1点を返してなお2死満塁の絶好機をつかんだ。
マウンドには内藤幸三が立っていた。日本プロ野球最初の本格派左腕だ。
巨人の監督・中島治康は投手の近藤貞雄に代えて、やはり投手の藤本を送った。
藤本はフルカウントから内藤の高め真っすぐを打ち、左翼席への逆転満塁弾を放った。
金 0 0 0 2 1 0 0 0 0=3
巨 0 0 0 0 1 0 0 5 ×=5
この大会は映画会社の大映が製作中の新作「二死満塁」にちなんで、1万円の賞金を提供していた。
条件は「二死満塁から本塁打を放ったら」である。藤本は早くもその賞金を獲得し、「1万円男」と騒がれた。当時は大卒初任給が500円前後だった。
当時の時代背景を考えれば、日本人の野球好きは筋金入りである。太平洋戦争は45年8月15日に終戦となったが、復活を目指す野球人の熱意はまったく失われていなかった。
同年の11月下旬には「東西対抗戦」が行われ、大勢のファンが詰めかけた。焼け跡の中、46年4月27日には8球団でリーグ戦を再開した。連日、満員だ。
藤本はのちに史上初の完全試合を達成するなど実働13年で200勝を挙げたが、15本塁打を放っている。打者としても評判になった。
さて、国鉄の監督・西垣徳雄は金田と捕手の佐竹一雄にこう指示した。
「藤本を歩かせて、次で勝負しよう」
1番は左の与那嶺要だ。この年、金田はプロ3年目の19歳である。50年8勝、51年は22勝(21敗)をマークし、すでに国鉄のエースである。
のちにそのワンマンぶりから「金田天皇」とも言われたが、この時はまだ3年目だ。監督命令には逆らえない。西垣は享栄商時代の金田を見いだし、中退して国鉄入りする際に奔走した恩人でもある。
金田はうなずき、佐竹もまたミットを持ち上げて敬遠の構えを取った。と、巨人ベンチから激しいヤジが飛んだ。
「投手が投手を怖がってどうする!」
人一倍気性が激しい金田はブチッと切れて、手元が狂って黒星が残った。
金田の敬遠サヨナラ暴投から30年後の82年4月3日、横浜スタジアムでの大洋(現DeNA)対阪神の開幕戦は雨の中、あっけない決着を迎えた。
阪神の先発・小林繁が夕暮れの三塁側ベンチでガックリと肩を落としていた。
完封勝利が一転、敬遠サヨナラ暴投で負け投手である。
神 0 0 1 0 0 0 0 1 0=2
洋 0 0 0 0 0 0 0 0 3=3
小林は78年のオフ、江川卓との交換トレードで阪神に移籍した。右のエースとして活躍し、3年連続の開幕投手である。
素晴らしい投球だった。細身をムチのようにしならせて全力投球だ。
8回まで許した安打は1回の基もとい満男、2回の高木嘉一の2本のみだった。3回からパーフェクト投球だった。
9回裏、雨が降り始めた。代打の高木豊が安打で出塁したが、2死となった。
しかし、そこから大洋は粘った。田代富雄、マイク・ラムの適時打で同点となった。打席に左の高木嘉が入った。次打者は右の新外国人選手、マーク・ブダスカだ。オープン戦から当たっていない。
阪神ベンチは敬遠の指示を出した。高木嘉にはヒットを打たれている。
ボール、ボールと投じた3球目、小林の手を離れたボールは外角遠く離れて、ワンバウンドしてから三塁側バックネットに当たった。
若菜嘉晴が必死で追いかけたが、無駄だった。三塁から代走の大久保弘司が、小躍りしてサヨナラの本塁を踏んだ。
小林は「緊張したのか」の問いに「そうかもしれない」と答えている。
雨で指先が狂ったのか。小林は下手投げに近いサイドハンドから常に全力投球だ。
緊張の糸がフッと緩んで、「魔の1球」が徐々に忍び寄っていたのかもしれない。1球目は低く、2球目は高かった。若菜はいずれも慌てて捕球していた。
いずれも申告制度がなかった時代の出来事である。
阪神はこの後、1分を挟んで4連敗を喫した。この危機を救ったのは小林だった。1週間後の10日、中日戦(甲子園)で完投勝利を挙げている。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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