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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈名将たちのプロ球人生たった1度の「退場劇」〉
「神様」の生涯1度の退場劇だった。
1974年7月9日、川崎球場での大洋(現DeNA)対巨人11回戦の2回表、巨人の攻撃中にそれは起こった。
打席に立っていたのは右打者の河埜和正。巨人キラー・平松政次が投じた初球は、厳しい内角へのシュートだった。
避けきれず、ボールは左ヒジをかすったように見え、コーンという音がした。ボールはバックネットへ転がっていった。
当然のように河埜は一塁に歩き出した。しかし、主審の平光清は当たった際の音と河埜の表情から「ファウル」の判定を下したのだった。
すかさず須藤豊、牧野茂の両コーチ、黒江透修、河埜らが「いまのはデッドボールだ」と平光に激しく詰め寄った。
54歳のⅤ9監督、川上哲治もベンチから血相を変えて飛び出してきた。
「河埜に当たっているじゃないか。腕をちゃんと見てみろ」
「当たっていない。全然痛がっていないからファウルだ」
指揮官と主審は激しく言葉をぶつけ合った。川上は赤く腫れあがった河埜の左腕を平光に突き出し食い下がった。
「これでも当たっていないのか。この証拠をどうするんだ」
一向に聞き入れない平光に川上は激高した。右手で平光の胸を一度突き、さらに飛び掛かり両手でドーンと押した。
「退場!」
平光が宣告した。あの川上が‥‥。誰もが驚く展開となった。
巨人の監督退場は56年の水原茂以来、18年ぶりで中断時間は15分。ヘッドコーチの牧野が監督代行として試合が再開した。
川上にとって選手と監督を合わせて通算32年のキャリアで唯一の退場だった。
V10を目指した巨人はシーズン序盤から調子が上がらなかった。この試合の時点で順位は3位だった。
指揮官の退場がナインを鼓舞したのかもしれない。巨人は劣勢を盛り返して、延長10回を3対3でドローとしている。
では、真相はどうだったのか。のちに平光は「痛恨のミスジャッジ」と明かしている。
当時は「ボールが当たっても痛がってはダメだ」との教えがあった。
22歳の河埜は必死に痛みに耐えていたのだ。それを知らずにファウルの判断材料にしてしまったのである。
川上の座右の銘は「不動心」。生身の人間として心が乱れることがあっても、すぐに平常心を取り戻すことにある。
大監督と称された川上が初めて見せた、人間味あふれる退場劇だった。
ちなみに巨人の監督として川上に次ぐ退場は阿部慎之助で51年後の25年7月2日の阪神戦でのことだった。
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阪神の監督・野村克也がボソッとつぶやいた。
「このバカが‥‥」
この暴言を一塁の小林毅二審判は聞き逃さなかった、右手を振って叫んだ。
「退場!」
64歳の野村が生涯初の退場処分を受けたのは1999年8月7日、神宮球場でのヤクルト対阪神18回戦のこと。阪神は3回無死一、二塁から湯舟敏郎が三塁前に送りバント、ヤクルトの池山隆寛が一塁ベースカバーに入った馬場敏史に送球した。小林の判定は「アウト」だった。
野村は馬場の足がベースから離れたのが早かったと7分間抗議。最後に暴言を放って“レッドカード”を食らった。
「初めて退場になりました。下品なことを言っちゃった。とっさに出た」
この日までに阪神は9連敗中で最下位だった。だが、野村の退場で阪神ナインが燃えた。見事、逆転勝ちして最下位を脱出したのである。
神 0 0 0 1 0 3 2 1 0=7
ヤ 0 0 2 0 2 0 1 0 1=6
この年は野村にとって3年契約の1年目。前年にヤクルトの監督を勇退するや阪神のオーナー・久万俊二郎から三顧の礼で迎えられた。
「1年目は種をまき、2年目には水をやり、3年目に花を咲かせる」
有名な「野村語録」である。阪神は85年の日本一以来、低迷期を抜け出せずにいた。それだけに、名将はファンからも「救世主」として歓迎された。開幕前からすさまじい「野村フィーバー」が関西を中心に起こったほどだった。
6月9日には6年ぶりに首位に立った。阪神電鉄の株価はこの年の最高値をつけ、地元の信用金庫の「猛虎元年」の定期預金が販売初日で30億円売れた。「ノムさんグッズ」が次々登場し、ついには純金製の「ノムさん人形」が100万円で売り出された。
しかし、「野村バブル」はアッという間にはじけた。
6月16日に首位陥落すると球宴までに4位に転落。以後、夫人である沙知代の学歴詐称疑惑、大豊泰昭の造反、助っ人投手のダリル・メイの監督批判ビラ配布など、前代未聞の騒動が次々と起こって暗い影を落とした。
さらに、9月には球団ワーストタイ記録の12連敗を喫する始末。野村の阪神1年目は55勝80敗、首位・中日とは26ゲーム差の最下位に終わった。
野村のキャリアは現役と監督合わせて43年。その中で退場はたったの1回きりだ。まさに、名将にとって屈辱のシーズンを象徴する場面だったが、虚しくもチームを浮上させるまでには至らなかった。
最初こそ「野村監督を将来の大阪府知事に」とまでヨイショされたが、シーズン終了後に野村自らが「進退伺い」をフロントに提出している。
ただ、観客動員は前年比で31.4%増とリーグトップだった。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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