スポーツ
Posted on 2026年07月26日 10:00

「猪木VSアリ戦」50年の真実〈最終回〉(1)アリは猪木の何を恐れたか

2026年07月26日 10:00

 この道を行けばどうなるものか─アリ戦への道は、誰もが危ぶむ制約が猪木に課せられた。極秘のルール交渉は試合当日の未明まで難航。さらにその早朝にも舟橋慶一氏にある厳命が下っていたのだ。闘う者、実況する者は共に、底知れぬ覚悟で、世紀の一戦への一足を踏み出した!

 猪木VSアリ戦をめぐる「通説」は今も生き続けている。「1976年のアントニオ猪木」(文藝春秋)で知られる人気ノンフィクションライター・柳澤健は、こう記している。

〈長い協議の末に決まった特別ルールは、のちのMMAを知る21世紀の私たちから見ても妥当なものだった。ひとことで言えばボクサーには立って殴って倒せ。レスラーには組みついて倒し、グラウンドで関節技(サブミッション)を極めて決着をつけろ、というものだ。(中略)だが、試合が始まると、中継アナウンサーも記者も観客もセコンドも、日本武道館にいたすべての人間が唖然となった。戦いには見えなかったからだ〉(nippon.com・26年6月23日)

 この記述に対して、当の中継アナである舟橋慶一氏は首を横に振った。

「柳澤さんは誠実なジャーナリストで、猪木さんへの敬意も本物だと思います。ただ、私の心境なども含め、事実と異なる部分もある。あの試合のルールは、直前にマスコミに発表された内容では決着せず、試合当日未明まで交渉が続き、最終的には猪木さんを完全に縛り上げるものになっていたのです」(以下、カギカッコ内は舟橋談)

 1976年6月16日、羽田空港。モハメド・アリとアリ軍団が降り立った。2000人以上が殺到し、大混乱する中、アリは練馬の大地主で不動産業を営む人物が提供したロールス・ロイスで、宿泊先の京王プラザホテルへ向かった。

 来日翌日からアリの挑発は止まらない。「猪木の汚い顔は見たくない」「俺は世界一有名な男。猪木は俺と戦ったおかげで有名になる男」─。だが、ひとりになれば寡黙だった。

「カメラの前では饒舌でしたが、ひとりになると静かでした。孤独な姿を見てプロスポーツマンだなと思いました。猪木さんと似ている。闘志を内に秘め、大衆にどう見られるかを常に意識していたのでしょう」

 あの挑発はフレッド・ブラッシーが仕込んでいたことは前回にも書いた。ブラッシーがアリに付くことになったのは、レフェリーを務めたジン・ラベールの母でロサンゼルスの有力プロレスプロモーター、アイリーン・イートンのアドバイスによるものだった。

 6月20日、後楽園ホールで有料公開スパーリングが行われ、入場料3000円ながら徹夜組も出現。だがこの日、アリ陣営には想定外の事態が起きた。

「藤原喜明選手らが参加した猪木さんのスパーリングを見て、アリ陣営が顔色を変えたんです。スピード、パワー、蹴りが想定とまっく違う。猪木さんのハイキック、のちの延髄斬りの原型ですが、あの速さと破壊力は想像を超えていた。アリ側は、猪木さんをアメリカのショーマンシップのプロレスラーと同じだと見ていたのかもしれません」

 アリが恐れた猪木の「強さ」とは何だったのか。猪木は日本プロレス時代、選手兼コーチを務めた吉原功と大坪清隆という2人の指導者から基礎を叩き込まれた。カール・ゴッチが日本プロレスのコーチになる前である。吉原功は永里と同じ早稲田大学レスリング部出身のアマレスの猛者であった。大坪清隆は木村政彦の後輩にあたる柔道・柔術の強豪で、猪木のグラウンドテクニックと関節技の深さはここで培われていた。

 アリのトレーナー、アンジェロ・ダンディは「アリ側は猪木がタックルで来ることを予想し、その対策を入念に行っていた」とのちに語っている。スタンディングでの打撃が封じられた状態での猪木のタックルを、アリ側は大いに危険視していたのだ。前掲の柳澤の記述には、こうある。

〈グラウンドテクニックと関節技の達人は、パンチの当たらない遠い距離を保ち続け、時折スライディングしてボクサーの足を蹴るだけだった。アリのパンチを避けて組みつき、テイクダウンする能力が、猪木にはなかった〉(同前)

「テイクダウンする能力がない」とはアリ陣営は見ていなかったと舟橋は言う。

「猪木さんの強さは自他共に認めるところで、どんなルールでも受け入れた。アリ陣営がルールで猪木さんをがんじがらめにしなければならなかった理由は、そこにあったんです」

舟橋慶一(ふなばし・けいいち)1938年生まれ。62年にNET(日本教育テレビ/現テレビ朝日)入社。アナウンサーとして「ワールドプロレスリング」実況など多数の番組を担当。

福田竜一(東京新聞)

写真提供/山内猛

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2026年07月19日 07:00

    7月18日、「週刊文春」電子版が女優・川口春奈とサッカー日本代表DF・板倉滉の真剣交際を報道。突然のビッグカップル誕生に、ネット上では祝福の声があふれている。記事によると、2人は昨年から交際をスタート。板倉は昨年8月からオランダの名門アヤッ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年07月20日 20:00

    伝説の視聴者参加型クイズ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」(日本テレビ系)が復活する。番組誕生50周年を記念して、年末年始に「新作」を放送すると発表され、7月18日からは出場者の募集がスタートしている。今回はヨーロッパ、アフリカ、アメリカを...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    スポーツ
    2026年07月22日 20:30

    そりゃ、これだけの高温なら無理もない。プロ野球2軍戦、ファームリーグが7月22日、とうとう猛暑を理由にノーゲームとなった。 4回途中でノーゲームとなったのは、ロッテ浦和球場で午後0時試合開始のロッテ×オリックス戦。4回裏の攻撃中、ロッテの和...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/7/21発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク