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記事全文を読む→テリー伊藤対談「篠原ともえ」10代のシノラーも表現活動でした!
テリー デビューしてからの20年間は、篠原にとってどんな年だったの?
篠原 芸能という世界を職業にして、本当によかったなと思ってます。タレント以外でも、デザインができたり、いろんなことに触れることができるので。
テリー 普通のタレントさんよりいろんな表現活動をしていて、クリエイターとして多才だよね。
篠原 10代は周りからのイメージやキャラクターの印象も強い中でお仕事をして、20代は演技や歌、ナレーションを鍛える時間で、今の30代は本当にやりたかったデザインのお仕事をだんだんといただける形になっていって。やりたいことがありすぎて、いまだに職業を選べてないなっていうふうに思います。
テリー 篠原は人より感受性が強いから、傷ついたこともあったでしょう。
篠原 10代の時の「シノラー」というのも、「『自分が楽しむ方法』をみんなに届けたい」と思ったうえでの、一つの表現方法だったんです。だけど「ちょっと不思議な子」という受け止められ方だけが強い、というのは感じていましたね。
テリー ノリピー(酒井法子)が「マンモスうれピー」と言ったり、ゆうこりん(小倉優子)が「コリン星から来ました~」って言ったりするみたいに、売り出すための手段と思われたかもしれないな。
篠原 でも「シノラー」というファッションは自分のアイデアで本当にのびのびとやらせていただいて、それはスタッフの皆さんに感謝してます。
テリー レディ・ガガが出てきた時も、みんな「とんでもないファッションだ」と思ったけど、今は認められてるじゃない。篠原もそれに近いよな。
篠原 ええっ? シノラー・ガガ?
テリー 「シノガガ」だね(笑)。デビューしたのは16歳だったんだよね。
篠原 はい。それから20歳過ぎまでシノラーファッションをしていて、その後舞台のお仕事を初めていただいた時に、「出演と同時に衣装デザインをやらせてください」と、自分で交渉していったんです。
テリー 若いのに偉いね。もともと、洋服の世界は好きだったの?
篠原 私の母方の祖母が「青ヶ島」という伊豆諸島の最南端の島に住んでいて、そこでお針子さんをやっていたんですね。母も洋裁が好きですし、その影響もあってか、いつの間にか私も洋服を作ることを意識するようになったんです。
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