連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→“伝説のいい女”に会いたい!「<恋人もいないのに>シモンズ・田中ゆみ」
その透き通ったハーモニーで、70年代のフォークブームにあって屈指の名曲とされた。シモンズが歌った「恋人もいないのに」(71年)だ。今も1人で歌い続けている田中ゆみ(62)が、青春の季節を語った。
やはり歌い出しの「♪こォいィびとも~いなァいのに~」のフレーズが印象的だったんでしょうね。あの高音のハーモニーにインパクトがあって、いろんな人に受け入れていただいたんだと思います。
私とパートナーの玉井タエは、高校時代に友達のつながりで知り合いました。2人で組んで歌うようになって、先にデビューしていたベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」が大ヒットしていて、私たちもああいうハーモニーが目標でカバーしていました。
私たちは地元が大阪だったので、MBSの「ヤングタウン」のオーディションで合格したんです。そして高校卒業後に上京し、デビューが決まりました。
あの「恋人もいないのに」は西岡たかしさん(五つの赤い風船)が作曲してくださいましたが、実はもう1つの候補があったんです。それは加藤和彦&北山修さんの「あの素晴らしい愛をもう一度」でした。私たちのデビュー曲候補で依頼されていましたが、あまりにも出来がいいのでご本人たちで歌われたそうです。もちろん「恋人もいないのに」は名曲ですが、もし「あの素晴らしい愛をもう一度」でデビューしていたら、歴史が変わっていたかもしれませんね。
──
シモンズがデビューした71年は、フォークブームが吹き荒れる前兆の年だった。吉田拓郎、井上陽水、かぐや姫らが“大爆発”の機会をうかがっていた。
──
私たちのライブの前座を務めていただいたのが井上陽水さん。その頃からすばらしい声で、楽曲もいいし、図抜けた存在でしたね。それでいて気さくな方でしたので、楽屋でよくお話ししましたよ。
当時は大勢のアーティストが一堂に会するタイプのコンサートが主流でしたが、かぐや姫ともよく一緒になりました。南こうせつさんは私たちの「ひとつぶの涙」という4枚目のシングルが大好きで、ホールの階段で「歌って、歌って」とせがまれることも多かったですね。
私たちのデビュー曲が大ヒットして、その年のレコ大の新人賞にも選ばれました。小柳ルミ子さんや南沙織さん、欧陽菲菲さんと同じ壇上に並び、まさかという思いで立っていました。
シモンズはタエちゃんの結婚を機に74年に解散しました。その後、私はソロを中心に歌い続けてきました。16年はデビュー45周年を迎えますので、さらにライブの機会を増やしたいですね。
私生活では6年前に再婚し、お互いが同じ境遇なので合わせたら孫が7人もいるんです。
もう1つ、実は56歳の時に縁あって女優デビューを飾ったんですよ。土曜ワイド劇場に出たり、黒木瞳さんの舞台にも出させていただきました。私にとって女優は第2の夢でしたので、とても充実しています。
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

