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記事全文を読む→長嶋茂雄が“清原逮捕”で漏らしていた慟哭肉声!(2)ミスターが惚れ込んだ野球選手としての才能
ともに右打ちの長距離打者という共通点のある2人だが、そもそも長嶋氏と清原容疑者の関係にはそれ以上の“アヤ”があった。ベテラン野球記者が証言する。
「巨人と密約を結んでいたPL学園同僚の桑田真澄氏(48)に念願の巨人入りの夢を打ち砕かれ、清原は西武入りした。しかし、西武から憧れの長嶋さんと同じ背番号『3』を与えられると、『いつかは背番号3と言ったら清原と言われるようになりたい』と勇ましい発言をしていた。しかし、プロ入り後は所沢にあった西武の球団寮の門限破りを何度もしたり、あっち系の女優との密会を写真誌に撮られたりします。純朴な野球少年は、あっという間にプロの刺激的な生活に流されていった」
86年の入団イヤーに新人王こそ獲ったものの、本塁打王などのタイトルを逃した清原容疑者は“無冠の帝王”と評された。それでも3番秋山・4番清原の「AK砲」で西武の黄金時代を築く。
「96年オフに西武からFA宣言した際に、清原の獲得については、地元で吉田義男監督が率いていた阪神と、少年時代から憧れた長嶋監督の巨人との一騎打ちとなりました。当時、吉田監督は『縦じまを横じまに変えてでも‥‥』と言うほど本気で清原を欲しがった。しかし、最終的には交渉の場で『僕の胸に飛び込んできなさい』と熱烈にアピールした長嶋監督の名文句が決め手となり、清原は巨人入りを決断した」(前出・ベテラン野球記者)
85年の「運命のドラフト」で受けた巨人の「裏切り」に痛切な思いを抱え続けていた清原容疑者。だが、ミスターの熱いラブコールにほだされ、巨人と5年契約を結ぶ。積年の恨みを捨て、晴れて巨人軍の一員となったのだ。
実は長嶋氏は、FA宣言するかなり前から、西武の4番打者としての清原の打撃センスについて高く評価していたという。記者から質問されるたびに長嶋氏が、
「あのビシッというバットスイングがしびれますね~。バットを振るだけで並の選手でないのがわかります。ぜひともジャイアンツに欲しいですね~」
と繰り返していたことからも明らかなように、公にその実力を認めていたのだ。
「ところが、実際に清原のFA宣言が噂され始めると、清原のことを質問しても、シーッと指を立てるだけでした。すでに獲得に動いていることが丸わかりでした」(前出・ベテラン野球記者)
常々、「和製右の大砲」を切望してきた長嶋監督だけに、清原獲りはそれこそガムシャラなものだったという。
「評論家時代に、12球団を視察し、『ミスタープロ野球という存在感があるのは清原君だけ』とも話していた。また87年の日本シリーズで“宿敵”巨人を倒した試合で、清原が一塁ベース付近で涙を流したことを目に留め、『いつかは巨人に迎え入れてやりたい』と考えていたようです」(前出・記者)
その強い獲得の気持ちが、交渉の場で、
「永久欠番である巨人の背番号『3』を譲ってもいい」
という発言につながる。清原容疑者は結局、
「長嶋さんのつけた背番号3は俺には重すぎる」
と断ったものの、長嶋氏の気持ちは十分に伝わっていた。移籍後の扱いに関しても、長嶋氏は万全のシフトを敷いていたという。
「当時、清原と同じポジションの一塁にベテランの落合博満(62)がいた。落合は『争っても負けるとは思わないが、どちらを使うかで悩む監督の顔を見たくない』と中日へ移籍した。実際には、長嶋監督は落合に対し、『来季はレギュラーを確約できない』と言い渡し、清原の一塁のポジションを確保していた。もちろん1000日計画で手塩にかける松井秀喜(41)の育成が最優先だったにしても、松井・清原のMK砲としての活躍を期待していたんです」(スポーツ紙デスク)
こうして翌年の開幕戦で、清原容疑者は念願の「巨人のファースト4番」という金看板を与えられたのだった。
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