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記事全文を読む→福原愛に救われた!日本卓球界を暗黒時代に突入させた「タモリの罪」
8月9日に行われたリオ五輪の卓球女子シングルス・準々決勝で福原愛が、第2シードのフェン・ティアンウェイ(シンガポール)を4-0のストレートで下し、自身初のベスト4に進出。15歳で出場したアテネ五輪から12年、ついに夢の個人メダルに手の届くところまできた。
「3回戦のルーマニア選手との試合では福原が3ゲーム連取と圧勝し、第4ゲームは相手選手が戦意を喪失していた。結果、スコアは11-1。しかし、この1点が福原のサーブミスだったことから、相手のメンツを重んじ完封勝ちを避ける慣習がある中国にならって故意にミスしたのではないかと、中国メディアが美談として取り上げていました」(スポーツ紙記者)
福原に救われたのは、このルーマニア選手だけではない。あの芸能界の大物タモリもその一人だという。別のスポーツ紙記者が明かす。
「1980年代の『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のコーナー『テレフォンショッキング』にミュージシャンの織田哲郎が出演。学生時代に卓球をしていたと語ったところ、タモリが『あれって根暗だよねー』と言い放った。その影響で、翌年から卓球部に入部する人数が激減。以降、日本卓球界は暗黒時代に突入していきました。当時の卓球台は深緑色でしたが、根暗なイメージを払拭するべく卓球用具メーカーが清涼感あふれるブルーへと変え、1992年のバルセロナ五輪でみごと採用にこぎつけた。福原が生まれたのが88年。“泣き虫愛ちゃん”が卓球界に輝きを取り戻し、それに石川佳純らが続いたことでいまやテレビ中継もされる注目競技の一つとなっています」
うかつな一言で卓球人口を減らしてしまったタモリは、福原の3歳からの歩みに何を感じているだろうか。
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