11月に入り、朝晩の冷え込みが一段と身に染みるようになると、仕事帰りの赤提灯や大衆酒場で恋しくなるのが、湯気立ち上る燗酒だ。夏場の冷酒一辺倒から温かい日本酒へシフトする左党が増える時期だが、暖簾をくぐって開口一番「とりあえず熱燗で!」と大雑...
記事全文を読む→黄金の「昭和テレビ時代劇」主役をオール直撃!(4)大信田礼子<「旅がらすくれないお仙」かみなりのお銀>
主人公が2人で活躍する「バディムービー」は時代劇の世界にも多いが、女2人となると「旅がらすくれないお仙」(68~69年、NET系)が初。静の松山容子に対し、大信田礼子(68)が演じた「かみなりのお銀」は、動そのものだった。
これが私にとって初めてのテレビ主演作でした。実はこの前年、東京でモデルデビューしていたけど、芸能界にあまり興味が持てず、京都の実家が火事になったこともあり、戻ってブラブラしていたんです。
ある日、京都の撮影所を見学していたら、そこで「出ないか」と誘われたんです。その月給の額に母親が驚いて、すぐに決めなさいと。モデル時代が3万円だったのに、ここでは25万円と言われたんですよ。
撮影が始まって、最初からミニの着物に男物の海パン、そしてナマ脚というスタイルではなかったんですよ。普通に長い着物だったけど、カメラアングルが下のほうに下のほうに‥‥めくれた瞬間を待っているんですね。
「だったら最初から短くしましょう」
そしてあの衣装を私が提案したんです。羽二重のかつらも、他の女優さんがベンジン使ってはがすところを見ていたから、自分の髪をアップにしてやらせてくださいと言いました。
共演の松山容子さんはすでに大スターでしたので、こちらから声をかけるなんて怖くてできません。撮影には母が付き添っていて、私は母とともに、いつも「結髪さん」に金魚のフンみたくくっついていたんです。あの世界は結髪さんや衣装さんの女性がとにかく厳しく、シーンが終わるたびに「何かヘンなとこはありませんか?」と聞くようにしていました。
さて「かみなりのお銀」は、衣装が現代風だからアクションがやたら多かった。幸い、私は高校が器械体操部だったので、殺陣師の方と「この高さなら飛び降りれる?」と打ち合わせしながら、危険なシーンをこなしていましたね。
番組は日曜夜8時からですが、視聴率も好調だったらしく、スタッフの方に「お銀ちゃん、大河ドラマを抜いたぞ!」って教えられました。当初は1クールの予定が、ちょうど1年、4クールになったのには驚きました。
-
続編の「緋剣流れ星お蘭」(69年)は、松山から花園ひろみに主演が交代したが、大信田は人気を反映し、「かみなりのお銀」のまま続投。
-
お銀を2年やりましたけど、降板したのはドクターストップです。あのナマ脚の衣装は冬でも同じで、山などの寒いロケ地では肌の感覚が完全に麻痺してしまった‥‥。大八車が私の脚の甲を通過した時、実はヒビが入ったのもわからないくらいでしたから。
ただ、その後は「プレイガール」(東京12チャンネル系)などの現代ドラマ、映画でも「不良番長シリーズ」(東映)などがありましたが、結局はどれも「お銀」と同じような役だったかな。
本当にイメージが変わったとしたら、スカートもミニじゃなく、アイドルっぽい歌い方になった「同棲時代」(73年)がヒットした時。大ヒットはしましたが、あのイメチェンにある方は「終わったね、礼子ちゃん。いつも長い髪をクルクルさせといてくれないと」ですって。大人は残酷だなって思いました(笑)。
アサ芸チョイス
脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...
記事全文を読む→毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...
記事全文を読む→

