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記事全文を読む→紅白歌合戦「女たちの熾烈バトル」全秘話(4)<直撃4・GAO>
92年に「サヨナラ」がミリオンヒットを記録したGAO。年齢・性別不詳のままデビューするなど、ドラマティックな存在感を放つGAOは、紅組として出場したのだった。
デビューのきっかけは「全日本勝ち抜きロック選手権BSヤングバトル」(NHK)です。声をかけてくれたレコード会社が「ちょうど性別がわからない歌手を探していた」と言って来て、当時からこのスタイルだった私は、「ぴったりですね」と賛成したんです。
小学生時代からデニムにハマり、道を歩くと「カッコイイお兄ちゃんだね」と声をかけられて。大人になりバンド活動をするために風呂なしアパートに住んでいた時は、銭湯通いをしていましたが、毎回「そっちは女湯だよ!」と止められたほどでしたから。
いざ性別不詳でデビューしても、半分シャレな気持ちでした。「普通に女性だとわかるだろう」と。でも、プロモーションで地方のCDショップに行くと男性歌手コーナーにCDが置いてあり、担当者に挨拶をすると「えッ、女性だったんですか?」と驚かれる率90%!「ごめんなさい。ずっと男性だと思っていた。女性だと知り、ショックで失恋した気分」というファンレターをいただいたり、デビュー前、山口弁のMCで「わしゃ女じゃけ」と明言したライブ後に「女性なんですね」と、泣いて走り去っていくファンの方もいましたね。私自身は男装しているつもりはなく、自分の憧れをナチュラルに表現しているだけだったので。そこまで性別が影響するとは、ちょっと驚きましたね。
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91年7月、ハードロック調の「天国と地獄の毎日」でデビューすると、92年4月、2ndは一転ポップスを意識した「サヨナラ」をリリースし、ドラマ「素敵にダマして」(日本テレビ系)の主題歌に抜擢される。それが、転機となった。
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当時、バスに乗り街並みや人々を眺めながら作詞するのが好きでした。ふだんは20分ほどを2回乗ればできていたものが、「サヨナラ」は何回も乗り、やっとできた“生みの苦しみ”を感じた曲。すぐ売れたわけではなく、ドラマ終了後も同局でスポットを流していただいたんです。それが夏休み中の若者たちに知られたことで、半年かけてジワジワと売れたようです。
そして同年の紅白出場が決まった時は、「これでやっと親孝行ができる」と思いました。父親には昔からずっと「NHKのど自慢大会で優勝しないと、俺は認めない」と言われていて、それは果たせませんでしたが、「認めるよ」と本当に喜んでくれましたね。
当日、いちばん緊張したのは歌う瞬間‥‥ではなく、番組冒頭。翌年が戌年だったことで、なぜか私の飼い犬・パグのぷーちゃんも出演し、小林幸子さんに抱いてもらうことになったのです。衣装にヨダレが垂れないか、爪をひっかけないかと本当に緊張しました!
ちなみに私の衣装は、オーダーメイドの白シャツが3着。3回着替えたのに誰も気づかず、「衣装にお金がかからなくていいね」と言われました。本当はすごく高かったのに(笑)。
そうした国民的番組に出たからでしょうか、当時テレビを見ていた子供たちが番組スタッフになっていることもあって、数年前からバラエティに呼ばれることが増えました。彼らの記憶の中に私が残っていたことはとてもうれしかった反面、「サヨナラ」ばかり歌うので「新しい曲も歌わせろ!」と思いましたね(笑)。
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