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記事全文を読む→テリー伊藤対談「渡部絵美」(4)以前の五輪出場はお金がかかった
テリー 日本のフィギュア界では、恋愛はしちゃいけないみたいな雰囲気はあるんですか。
渡部 いやあ、する人はしてますよ。ただ、うるさいのはマスコミだけであって、本人たちはしたいと思っていますよ。
テリー 渡部さんの時は、どうだった?
渡部 う~ん、私は20歳で引退しましたからねぇ。
テリー どうしてそんなに早く引退しちゃったの?
渡部 うちは貧乏だったので、それ以上スケートを続けられなかった。
テリー だけどすごく人気があったじゃないですか。
渡部 でもその最後のオリンピックで、家の通帳はマイナスになってしまって。
テリー えっ、当時は持ち出しだったの?
渡部 はい。オリンピックに出るのに、私たちはお金を払っていましたから。
テリー それは今も?
渡部 今はスポンサーがいますから。アマとプロの一線がなくなったので。
テリー 渡部さんはいくつからやっていたんだっけ。
渡部 私は全日本ジュニアで優勝したのが12歳で、20歳まで。
テリー 選手になる前は、もっと小さい頃からやっていたわけでしょう。その時からお金がかかるわけだ。
渡部 もう莫大なお金がかかって。私は9歳でアメリカに行ったんです。もう日本でやっていてもしょうがないということで。父は日本に残って仕事して、母と姉と兄で渡米して。1ドル360円の時代に。
テリー スケート連盟とかJOCとかからお金は出なかったの?
渡部 一銭もないです。私は「がんばれ!ニッポン!」っていうCMの第1号なんですけど、そのCM撮影をやってもお金は一銭ももらえませんでした。
テリー ありゃ。
渡部 だから、私の時代にはオリンピックに行く枠が、3人あったんですけど、私しか行かなかった。2位、3位が辞退したんですよ。
テリー オリンピックに行くのにお金はかからないでしょう?
渡部 いや、かかりましたねぇ、当時は。オリンピックに出場するためのお金が15万円なんです。受験料じゃないですけど。そのお金を払ったら「伊勢丹に行って、サイズを測ってもらって、ユニホームを作ってください」って言われて。
テリー えっ、オリンピックのユニホームのお金まで、自前だったの?
渡部 自分持ちでした。
テリー スケート靴だって衣装だって高いのに。全部自前の時代だったんだ。
渡部 私は2回オリンピックに出てるんですけど、1回目が終わった時に父は「もういいよ」って、本当に嘆いてましたね。
テリー 渡部さんは、日本のフィギュア界の功労者だよね。今後の日本のスケート界はどうしましょう。
渡部 男子は羽生君に任せるとして、女子はまだ次の世代が・・・・。でも、天才がどこかで今回のソチを見て「私も出たい!」と思って登場してくれればいいですね。私も今、小さいお子さんたちのスケート教室を全国でやっていますから。日本のフィギュアの底上げにつながればいいですね。
◆テリーからひと言
浅田真央選手の今回の五輪は、金メダル以上の価値があったと思う。日本中を奮い立たせるようなパワーのある演技を見せてくれたよね。後継者が育って、日本のフィギュア界がどんどん発展していけばいいね。
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