スポーツ
Posted on 2013年06月12日 09:59

武豊と名馬たち(3)初めてダービーを意識した馬

2013年06月12日 09:59

 87年にデビューして69勝を挙げ、新人最多勝記録を更新した武は、翌88年も順調に勝ち鞍を重ねた。

 そして3月19日、運命の馬、スーパークリークに出会う。伯楽・伊藤修司に、「脚を痛がっているので、様子を見てほしい」と言われ、すみれ賞のパドックで初めて跨った。返し馬に出ると本当に痛がっているので、「大丈夫かな」と不安を抱えたままレースに臨んだ。無理せず、そっと乗ってコーナーを回り、勝負どころで軽く仕掛けたら鋭く反応し、直線だけで前をぶっこ抜いた。

 凄味のある末脚に、武は全身がゾクゾクするのを感じた。レース後、鞍を外した彼に伊藤が話しかけた。

「なかなか見どころのある馬やろ?」

「はい、先生、この馬でダービーに行きましょう!」

 芝2200メートルで2分18秒8という勝ちタイムも平凡だったし、強敵とは言えない相手に半馬身差をつけただけだったが、武はこの一戦で、数字には表せないサラブレッドの強さを体感し、それらを彼だけの「財産」として蓄えていく。

 武に初めてダービーを意識させたクリークはしかし、調教中に骨折して春シーズンを休養することになった。

 そして秋、復帰戦の神戸新聞杯は3着、つづく京都新聞杯は直線での不利が響いて6着となり、菊花賞の優先出走権を得ることができなかった。ほかの馬で菊花賞に出ることもできたのだが、武は「クリーク以外の馬に乗るつもりはありません」と言い放った。背景には、伊藤に「何事もなければ勝てる。うちの馬に乗りなさい」と言われていたこともあった。

 直前に回避馬が出たため、菊本番3日前の木曜日、ようやく出走が確定した。

 88年11月6日、第49回菊花賞のゲートがあいた。

 武・クリークは8枠17番という外枠からスタートした。

「こんな外から菊花賞を勝った馬は‥‥」と記憶をたぐって脳裏に蘇ってきたのは、10年前、父・邦彦が20頭立ての16番枠を引いたインターグシケンで勝ったレースだった。父は最後の直線で内を突いて栄冠を手にした。息子も同様のイメージを持ってクリークを内に誘導した。

 勝負どころから加速し、直線入口、以前乗ったカツトクシンに前を塞がれる格好になった。しかし、武はこの馬が外に膨れる癖を知っていたため自分は動かず、進路ができるのを待った。

 思惑どおり前があき、武はクリークにゴーサインを出した。クリークは末脚を爆発させ、2着を5馬身突き放す勝利をおさめた。

 クリークの能力を見抜いた相馬眼、大外から内にスムーズにもぐり込んだ騎乗技術、かつての騎乗馬の癖を利用した頭脳。

 19歳8カ月の少年によるGI初優勝は、フロックではないことが明らかだっただけに、競馬サークル内外に与えた衝撃は大きかった。(敬称略)

 

◆作家 島田明宏

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年05月02日 18:00

    三陸沖で再び地震が発生し、富士山噴火を危惧する特番が組まれ、高市政権は武器輸出を解禁─この不穏な流れは何かの兆しなのか?いち早く察知したのは「Mr.都市伝説」関暁夫氏だ。30年以上前に作られたカードが、驚愕の未来を暗示しているという。いった...

    記事全文を読む→
    スポーツ
    2026年05月03日 18:00

    世界の大谷翔平の背中を追う「後継者」が、同じ米国で静かに存在感を強めようとしている。日本を経由せずに米大学で名を馳せて、即メジャー入団を夢見る怪物のことだ。ところが今、その進路を巡って“別シナリオ”が確定的と言われているのだ。は...

    記事全文を読む→
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/4/28発売
    ■680円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク