政治

歴代総理の胆力「海部俊樹」(1)海部政権は、初めから危惧されていた

 海部俊樹の“売り”は、一にも二にもその雄弁ぶりにあった。

 愛知県の旧制東海中学時代から県下の弁論大会に出れば優勝で、卒業後は弁護士を目指して中央大学専門部の法科に入るとともに、弁論部(「辞達学会(じたつがっかい)」と呼ぶ)にも入った。ここでも全国の大学に「海部あり」が知られていたが、弁護士志望でガリ勉ばかりの中大に物足りなくなり、3年次に早稲田大学法学部に編入学、ここでも弁論部(「雄弁会」と呼ぶ)に入っている。

 この早大雄弁会でも、全国学生弁論大会で数々の優勝を果たし、当時の雄弁会会長を務めていた時子山常三郎(とこやまつねさぶろう)教授(のちに早大総長)から、次のように絶賛されたのだった。

「これまで多くの学生諸君の弁論を聴いてきたが、海部君の演説に優るものをかつて耳にしたことがない。海部の前に海部なし、海部の後に海部なし。この一言に尽きる」

 早大では大学院に進み、ここでは同郷の河野金昇(こうのきんしょう)代議士の秘書もやるなど、“二足のワラジ”をはいた変わり種でもある。その河野代議士が急逝したのを機に後継となり、初当選を飾ったあとは河野が所属していた三木(武夫)派に入ったのだった。

 その三木は「バルカン政治家」と呼ばれたように、「金権政治批判」「政治改革」を標榜しつつも、一方でなかなかの権謀術策ぶりを示したのは知られている。しかし、海部の政治手法、姿勢は、「弁論」が前面に出るいわゆる正攻法で、そのかもす一種のさわやかさから、次第に「自民党のホープ」「自民党のネオ・ニューリーダー」との声も出るようになっていった。ために、福田(赳夫)、中曽根(康弘)の両内閣では、文部大臣として起用されている。

 その後、海部には思いもよらなかった政治家としての扉が開かれることになるのである。

 中曽根のあと竹下登が政権の座にすわったが、リクルート事件に関与して約1年半で退陣を余儀なくされた。竹下が影響力を保持するために担いだ後継としての宇野宗佑政権は、就任早々スキャンダル発覚の直撃を受け、わずか69日間で退陣を余儀なくされるなど、混沌とした政治状況が続いた。しかし、竹下の影響力は落ちず、竹下が宇野の次に担ぎ上げたのが海部政権ということだったのだ。

 しかし、海部政権の「船出」は、初めから危惧されていた。時に三木派は代替わりして河本(敏夫)派となっていたが、河本派は自民党最小派閥だったことから政権基盤が弱かった。また、一方で海部自体が、文相2回の文部行政経験だけで、経済・財政などの内政から外交まで、どれを取っても“門外漢”だったから、自民党内の海部政権を取り巻く環境はなんとも厳しかったということだった。

 とくに、折からの湾岸戦争に絡んで130億ドル拠出と自衛隊派遣を最大派閥・竹下派を牛耳る形だった小沢一郎幹事長から強要され、抗すべき何物も持たなかったテイタラクぶりを早々に見せつけた。

 こうした事態は、結局、小沢らに押し切られる形で、平成2(1990)年10月、自衛隊を平和維持活動の「協力隊」とするという名目で、PKO(国連平和維持活動)協力法案として提出を余儀なくされた。しかし、この法案自体も中身があまりに杜撰(ずさん)、政府答弁は大混乱といった失態のうえ、世論も自衛隊の初の海外派遣に反対が根強く、結局、法案は衆院で廃案を余儀なくされるなど、ここで海部政権の自民党内での求心力は、すでに地に堕ちたと言ってよかったのである。

 この湾岸危機を通じて、何一つ独自色を発揮できなかった海部のトップリーダーとしてのリーダーシップ欠如は、決定的となったということだった。海部は最後の“あがき”と言うべきか、ここで「重大決意」なる表明を発表し、衆院の解散・総選挙で民意を問う姿勢を見せたのである。

 しかし、竹下派の小沢一郎らはまったく聞く耳を持たず、首相の専権事項の解散権も封じられたうえで、政権にピリオドはやむなしとなったのだった。

■海部俊樹の略歴

昭和6(1931)年1月2日、名古屋市生まれ。中央大学法学部から早稲田大学法学部に編入学。昭和35(1960)年11月、衆議院議員初当選。福田内閣・第2次中曽根内閣でともに文相。平成元(1989)年8月、宇野退陣を受けて自民党総裁、内閣組織。総理就任時58歳。現在89歳。

総理大臣歴:第76・77代 1989年8月10日~1991年11月5日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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