吉井理人監督が本拠地に戻って、6月30日から再びロッテと激突。6月28日のオリックス戦では今季初の5連勝を逃がしたが、チーム改革は確実に進んでいるとみていいだろう。「6月28日の先発投手は藤井聖でした。5回1失点、ナイスピッチングとは言えま...
記事全文を読む→歴代総理の胆力「村山富市」(2)米紙「ミイラ政権」と酷評
一方、安定政権ではあったが、身の丈に合わなかったことも多々あった。その最たるものが、未曽有の阪神・淡路大震災、オウム事件に直面したが、危機管理という点ではほぼ無力であった。総理になるまで官邸にほとんど顔を出したことはなく、当然、官邸の情報収集システムにさえうとかったのだから、ムリもない。村山はオロオロするばかりで、事実上、そうした対応は自民党がすべて仕切ったものだった。
また、沖縄の駐留米兵による少女暴行事件が起こり、この「沖縄問題」は一つ間違えば日米関係がゆがみかねなかったが、やはり自ら手を打つ姿勢は示さず、いたずらに沖縄の“不満”を聞くにとどまる形になっている。すでに、この間の平成7年4月の統一地方選で足元の社会党が敗北、一方で社会党内のゴタゴタも目立ち、この頃には村山自身の政権維持への気力もなえたようだった。
そうした中、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、次のように報じたものだった。
「無気力な対応しかできぬ村山政権は、もはや“ミイラ政権”である」
政権末期、村山と親しかった政治部記者は、村山のこんな問わず語りの声を聞いている。
「『家内には苦労をかけた。働きに働いて私を支えてくれた家内が可哀想でならない。選挙区(大分県)の100年以上経つボロ屋を建て直し、ホッとさせてやりたい』と。総理は元々、物事に執着のない人だから、精一杯やればそれでいいんじゃないかとの思いが窺えた」
退陣後は、社会党を社民党と党名変更、党勢の新たな拡大を策したが、世の追い風はなかった。白く長い眉毛で「トンちゃん」と親しまれた村山は現在96歳、なおかくしゃくとしている。
今や“風前の灯”の社民党が、唯一の心残りでもあるようだ。
■村山富市の略歴
大正13(1924)年3月3日、大分県生まれ。学徒出陣、明治大学専門部卒業。大分市議、県議を経て、昭和47(1972)年12月、社会党より衆議院議員初当選。平成6(1994)年6月、村山連立政権組織。総理就任時70歳。平成12(2000)年6月、政界引退。現在は社民党名誉党首。
総理大臣歴:第81代 1994年6月30日~1996年1月11日
小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。
アサ芸チョイス
中道改革連合の伊佐進一衆院議員(比例近畿ブロック)というと、青いスパンコールのジャケットや華やかな蝶ネクタイといった「派手な服装」をしていることで有名になった。最近は自民党総裁選での中傷動画疑惑をめぐり、国会で高市早苗首相を積極的に追及して...
記事全文を読む→超親密を保っていたアメリカのトランプ大統領とイタリアのメローニ首相が突然、激しく罵り合う。一枚の写真がきっかけだった。トランプ大統領はフランスで開催されたG7サミットでの「出来事」を、イタリアのテレビインタビューで、次のように明かしたのであ...
記事全文を読む→AI支援の標的追尾、電子戦、ジャミングを避ける光ファイバー式FPVドローンまで登場したウクライナ戦線。その塹壕で兵士が最後に手にするのは、ミサイルでもレーザー兵器でもない。なんとも小さな道具だった。FPVドローンとは、操縦者がゴーグル越しに...
記事全文を読む→

