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記事全文を読む→テリー伊藤対談「脊山麻理子」(2)局アナになる前はどんなことしてたの?
テリー どうしてアイドルになろうと思ったの?
脊山 アイドルというか、自分が17歳の時に、渋谷109が20周年で、キャンペーンガールに選ばれたんですね。
テリー 高校生の時だ。高校はどこ?
脊山 お茶の水女子大付属です。
テリー すごいじゃない。お嬢様だ。
脊山 いやいやいや。でも、そう言われるタイプです。親が医者で、大学教授なので。
テリー しかも、東大の医学部の教授だって聞いたけど。それはいわゆる「ザ・お嬢様」じゃん。お母さんは?
脊山 母は英語を教えたり、通訳をしたりして。でも、お金はあまりない家だったんです。
テリー お金ないの?
脊山 そうなんですよ。
テリー でも、上品な家庭の出身だよね。
脊山 「お金はなくとも心は錦よ」とか言われて育ってきましたね(笑)。
テリー じゃあ、当時キャンペンガールになって、17歳の時に自分のかわいさに気づいてしまったんだ。
脊山 いや、気づいたとかではなく、芸能界に昔から漠然とした興味はあったんです。子供の頃から映画やドラマが好きで、特に芸能界で活躍していく女の子の漫画に憧れて。
テリー へぇー、きっかけは漫画だったんだ。
脊山 東京に住んでいたので、中学の頃から声をかけていただくことはあったんです。高校生の時にアメリカから帰って来たら、109の前でまたスカウトをされて。
テリー アメリカにいたんだ。何してたの?
脊山 1年間、留学してたんですけど。
テリー オシャレすぎるなぁ。あまりにも俺と違うじゃない。俺は築地で玉子焼きを焼いていた高校生だったのに(笑)。じゃあ、大学時代はどうだったの?
脊山 大学受験をするために、芸能活動をいったんやめたんです。大学に行くという親との約束があったので。
テリー それで慶応に入ったんだ。こんなかわいい子がいたら、慶応ボーイは大変だろう。「麻理ちゃん、俺とつきあってくれ」って。
脊山 それがなかったんですよ。
テリー ホントかよ。
脊山 まったくなくて。しかも1歳上に、アナウンサーになったすごくかわいい人がいたんです。前田有紀さんなんですけど。
テリー テレビ朝日のね。
脊山 はい。彼女は当時から有名人でしたね。自分は建築の勉強をしながら、研究のために泊まって徹夜したり、ボロボロになったりとかしてました。
テリー 偉いじゃん。
脊山 でも、写真のモデルみたいなのだけはやっていたんです。それがきっかけで自分でも写真を撮るようになったりして。作り手に憧れて、テレビ局に入ろうとして、最初に受けたアナウンサー試験で合格させていただいて。
テリー 倍率はどれくらいだったの?
脊山 どうなんですかね。受かった女子は私1人だったんですよ。
テリー 1人! だって、数千人は受けている入社試験なわけだよね。すごいなぁ。下は誰がいたの。
脊山 古関(陽子)さん、その下が葉山(エレーヌ)。他局だと高橋真麻ちゃんが同期です。
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