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記事全文を読む→増田恵子が明かしたピンク・レディーの壮絶!「ずっと起きているような4年7カ月でした」
「寝る時間もないけど、食べる時間もない中で、100%以上のものを要求されるから、それに応えようという思いがすごく強くて。たった4年7カ月でしたけど…」
こう言って「ピンク・レディー」時代を回想したのは、ケイこと増田恵子である。増田は、俳優・小野寺丈がMCを務めるYouTubeチャンネル〈丈熱BAR〉に出演(7月3日)。
ピンク・レディーは76年8月25日リリースの「ペッパー警部」でデビュー。81年3月31日の解散コンサートまで、「渚のシンドバッド」(100万枚)、「ウォンテッド」(120万枚)、「UFO」(155万枚)など、ミリオンセラーの大ヒット曲を多数、世に放った。
3人組のアイドル「キャンディーズ」(73年~78年)とはなにかと比較されることが多く、活動していた時期も重なるが、キャンディーズで最もヒットした「微笑み返し」の売り上げは82万枚。レコードセールスは断然、ピンク・レディーに分があったのだ。増田は言う。
「1日が長い。ずっと起きてるような感じなんですよ。だからスッゴイ長いんですよ、4年7カ月が。10年ぐらいやってた感じ。あの当時に経験したことが人生の羅針盤みたいになっていて、人間、その気になったらできないことなんてひとつもないんだ、っていう教訓。その後の人生はすごく楽でした」
壮絶な時間を経験したスターの、含蓄溢れる言葉だった。。
(所ひで/ユーチューブライター)
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