去る5月1日、人気海外ドラマ「CIA分析官 ジャック・ライアン」の緊迫シーンを彷彿させるドラマ仕立ての動画をSNS上で公開したのは、ハリウッドの映像会社ではなく、正真正銘、米国大統領直属の諜報機関「中央情報局」(以下、CIA)だった。
最後に「自分の家族の運命を彼らの手に委ねることはできない」というナレーションとともに機密情報の提供を呼びかけているこの動画。国際ジャーナリストの山田敏弘氏が解説する。
「2022年のウクライナ侵攻が勃発した数カ月後には、ロシアで広く利用されているSNS『テレグラム』上にCIAチャンネルを開設し、今回と同様の動画を配信。昨年10月にも動画で中国、イラン、北朝鮮の情報提供を募集するなど、決して今回が初めてではありません」
トランプ政権は、覇権主義を追求する中国を最大の脅威と位置づけている。そのため、4月10日には、対中関税を145%に引き上げ、中国経済にダメージを与えるなど、さまざまな側面からプレッシャーをかけ続けている。
「2021年にCIAは組織改編を行い、チャイナ・ミッションセンター(CMC)と呼ばれる中国に特化した部署を創設しています。これは、米国にとって最大の敵は中国であり、CIAは全総力を結集して中国に関する諜報活動を行っていくという強いメッセージでもある」(前出・山田氏)
また、その一方で中国側に目を向けると、国家主席・習近平氏が人民解放軍に送り込んでいた側近たちが相次いで失脚するなど、決して一枚岩ではない状況だ。
「習近平氏の長期政権、独裁体制に対する不満が高まる兆候がある。当然のことながらCIAは、こうした中国の内情について把握しているため、今回の情報提供の募集に至ったと考えられます」(前出・山田氏)
しかし、SNS上での呼びかけにより、果たして機密性の高い有益な情報が集まるのだろうか。山田氏はこのように分析する。
「CIAは、Tor(トーア)と呼ばれる匿名性の高いネットワークを利用してダークウェブにアクセスすることで、情報提供者の秘匿は厳守できると説明しています。しかし、そもそも中国は国内において厳しいインターネット検閲を行い、閲覧や通信にさまざまな規制がかかっている。また、中国は米国に匹敵するほどのサイバー大国であり、当局の専門家たちが常に目を光らせている。そのため、中国国内からCIAに情報提供することは容易ではありません。その一方で、CIA関係者から直接聞いた話によると、世界中からアクセスできるため大量の情報が寄せられており、その中身はまさに玉石混交。真偽のほどは定かではない情報が大半なのだと」
継続的に動画配信を続けるCIAの真の狙いは、情報提供以外のところにあると山田氏は指摘する。
「今回のCIAによる動画投稿に関して、ロイターなど世界的な通信社がニュースとして取り上げています。つまり、CIAの動画が世界的に注目され、拡散していくことで、習近平政権に綻びが出始めているのでないかという印象を植え付けることができる。中国共産党、人民解放軍内で、疑心暗鬼になる高官も少なくないはず。このようにCIAは、敵対視する中国に対して狡猾な情報戦、心理戦を仕掛けることで、習近平体制に揺さぶりをかけているのです」
SNS全盛時代において自国の国益、安全を守るための諜報活動はいっそう多様化していくばかりだ。