放送開始前から大きな期待をもって迎えられ、スタート後も概ね好意的な意見が多かった、NHK朝ドラ「あんぱん」。しかしここにきて、視聴者から不満の声が上がっているようなのだ。
不評の原因となっているのは、ヒロイン朝田のぶ(今田美桜)が軍国主義に染まってからの言動の数々。幼馴染の柳井嵩(北村匠海)に向かってキツイ言葉を浴びせる場面や、妹・蘭子(河合優実)の想い人である原豪(細田佳央太)戦死の知らせを受けた葬儀の場面で、妹の悲しみに寄り添うのではなく、「戦死」を「栄誉」として捉えるように諭す場面などに、多くの視聴者が拒否反応を起こしたようである。
ご存知の通り、「柳井嵩」のモデルは、やなせたかし氏だ。多くの日本人が幼年期に夢中になり、就学する頃には「卒業」(私のようにずっと「現役」のファンでいる者も少なくない)するが、やがて自分に子供ができれば、その子がまた夢中になって…と二世代、時に三世代にわたって人気を博すヒーロー「アンパンマン」の作者である。
彼の温厚な人柄は、自身のエッセイや関係者の証言、出演番組、そして創作した作品から窺い知ることができる。それだけに視聴者は、ドラマに感情移入すればするほど、劇中でのぶが嵩に向けて発する厳しい言葉に対し、まるで「やなせたかし」が批判されているように感じてしまうのかもしれない。
さらにここにきて、ドラマ内でやなせ氏の名言の数々を語る役回りの柳井寛(竹野内豊)と、屋村草吉(阿部サダヲ)という人気のキャラクター2人が退場。いわゆる「ロス」現象が起きた上に、舞台はいよいよ太平洋戦争の戦局が激化してきた時期に。否が応でも、当時を描く上で国防婦人会や隣組の負の側面が用いられたりと、見ていて気分が塞ぐ場面が増えている。それも視聴者離れの要因のひとつであることは確かなようだ。
陸軍上等兵・八木信之介(妻夫木聡)の初登場回となった6月9日の放送では、入隊した嵩が先輩の兵士たちから厳しい体罰を加えられ、陰湿な嫌がらせまで受ける場面が描かれた。その都度、八木が嵩に助け舟を出すとはいえ、こうした場面にも拒否反応を起こす視聴者が少なからずいるであろうと予測される。
しかしそれもこれも、嵩(やなせたかし)が「逆転しない正義」という概念を抱くための、そしてのちに「アンパンマン」が生まれるためのプロセスのひとつであることを忘れてはいけない。
もちろん、戦争は醜く愚かな行為だ。それを知っているからこそ、ドラマといえども見るのは忍びない、というのも分からないではない。ただ、身もフタもない言い方をするなら、「たかがドラマ」じゃないか。しかも「現存した人物の人生をモデルにした」、あくまで創作のストーリーだ。なにもそこまで目くじらを立てなくとも、と思う。
ちなみにこの6月9日の回は、登場するのがムサい兵士役の男ばかりで、ヒロインでさえ、主題歌が流れるスタッフロールで映ったのみ。彼女をはじめ、河合や三女役の原菜乃華を見ることこそが、「あんぱん」を見る最大の楽しみである私にとって、今日のような放送が今後も増えるとしたら…。そっちの方がよほど視聴意欲を低下させかねない。
(堀江南/テレビソムリエ)