NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」で、ヒロイン朝田のぶの妹・蘭子を演じている河合優実が、今田美桜を完全に食ってしまっている。
とりわけ印象的だったのは第5週(5月5日~9日)で、蘭子が秘かに想いを寄せていた豪(細田佳央太)から、出征の直前にプロポーズをされるシーン。その申し出を受ける際の、おでこに手を当てたり髪に触れたりしながら恥じらう仕草が、弱冠24歳とは思えないほど色っぽかったのだ。
いや、河合の凄みはそんなものでは済まなかった。
5月20日放送回では終盤、豪が出征先で死亡したとの知らせが朝田家に届けられる場面が描かれた。膝から崩れ落ち「豪よー!」と叫ぶヒロインの祖父・朝田釜次(吉田鋼太郎)の演技も素晴らしかったが、あとからやってきた蘭子が、釜次の手に握られたハガキの文面を目にして茫然自失となる様は、目の動きだけで吉田をはるかに上回る名演だった。
そして翌21日。豪の葬儀の場面がやってきた。豪の戦死に対し、朝田家の者たちをはじめ、慰問客がみな「立派でした」と口にする中、虚ろな目をした蘭子はいたたまれなくなって席を立つと、豪がいつも石工の作業をしていた場所に向かう。
過去、多くの朝ドラで描かれた「夫や恋人の戦地での死に、ヒロイン(もしくはその家族)が打ちひしがれる」シーン。都度、視聴者は戦争の「愚かさ」「不条理」を改めて思い知らされ、残された者の悲哀に涙した。
「あんぱん」では同様の場面で、はたして河合優実という不世出の女優がどんな出色の演技を見せてくれるかと、固唾を飲んで画面に集中していたのだが…。
ここで「とんでもないこと」が起きた。
急にチャイム音が鳴り響くと、「ニュース速報」のテロップがテレビ画面に表示されたのだ。しかもその内容は、高騰が続く米を「買ったことがない」「支援者がたくさんくださるので売るほどある」などと愚かな発言をブチかまし、袋叩きにあっていた江藤拓農水大臣が「辞任した」というものだった。
せっかく「やるせなさと怒りと哀しみを徐々に高ぶらせて、ついに感情が爆発する」といった感の、まさに鬼気迫る河合の演技が繰り広げられていたにもかかわらず、無粋な「速報」のせいで、完全に興がそがれてしまったではないか。
それは私だけではなかったようで、続く「あさイチ」での朝ドラ受けは非常に薄味なものに。本来ならば号泣必至であろう鈴木奈穂子アナが、心なしか冷めた表情だった。
一刻一秒を争う有事や天変地異の知らせならいざ知らず、国民のことなど微塵も頭にない政治家がバカ暴言でクビを切られることなんて、ただの自業自得。そんなことより今後、朝ドラ史上に語り継がれるであろうこの名シーンを台無しにしたことの方が、よほど罪は大きい。国民よ、もっと怒れ!
(堀江南/テレビソムリエ)