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記事全文を読む→【サッカー秘話】「いざとなったらボクがGKやりますよ」中山雅史が熱く語った「夜の神対応20分」
筆者がサッカー担当記者になったのは1992年。そして初めて日本代表の取材をしたのが、その年の10月29日から11月8日に開催された、広島アジアカップだった。
この時、初めて単独取材でインタビューを受けてくれたのが、ゴンこと中山雅史だった。
インタビューは準決勝の中国戦(11月6日)の夜に行われた。試合は中山のゴールなどで3-2と逆転勝利。試合後に満足な取材ができなかったため、その夜、代表選手が滞在するホテルを訪れた。
協会の広報に連絡を取り、意外とスンナリ、中山の取材ができることになった。ホテルのフロント前で待っていると、ジャージ姿の中山が現れた。すでに午後9時を過ぎていた。試合で疲れ切っていたに違いないが、中山は笑顔で取材に対応してくれた。
中国戦ではGK松永成立が接触プレーで退場させられるアクシデントが起こり、控えのGK前川和也が出場。2日後の決勝サウジアラビア戦は、控えGKがいない状況で試合に臨まなければならなくなり、チームにとっては大きな懸念材料となった。
この問題を中山に聞くと、
「いざとなったら、ボクがGKやりますよ。大学時代にGKやったことがあるんで大丈夫」
とリップサービスまでしてくれたのだ。取材は20分程度だったが、ほぼ初対面の筆者に取材対応してくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいだった。
夜に宿舎を訪れて、取材を受けてくれる。今ではありえないが、当時の取材対応は現在の日本代表では考えられないほど「ユルかった」。
1992年といえば、Jリーグがスタートする前年。当時はゴンもカズ(三浦知良)もラモス瑠偉も、日本のサッカー界を盛り上げることを考えていたと思う。
日本は決勝でサウジアラビアを破り、アジアカップ初優勝。これがJリーグや日本代表の人気に貢献したのは間違いない。
「サッカー界を盛り上げたい」
そんな過去の選手たちのフィールド外における熱い思いが、現在のサッカー界の興隆につながっているのだと思う。
(升田幸一)
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