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Posted on 2026年07月26日 10:01

「猪木VSアリ戦」50年の真実〈最終回〉(2)このルールを表に出すな!

2026年07月26日 10:01

 NET(現テレビ朝日)の運動部長・永里高平は、世紀の一戦前夜を、こう記している。

〈ルールに関して一歩も譲らぬアリ側、全面譲歩を避けようとする我々‥‥。時として、要求をのまなければ、すぐにでも引き上げるぞと脅され、敵の要求は一つ一つクリアーされていく。それと同時に我々の提案は一歩一歩後退していく‥‥。もはや当事者から委任された代理人としての責任を果たせないところまで追い込まれていた〉(永里高平「闘いのワンダーランド ワールドプロレスリングの15年」テレビ朝日)

 永里はさらにこう記す。

〈たとえば『スタンディング・ポジションでの攻撃を禁ず』という条項がある。つまり猪木は立って攻撃することはできないというルールだ。プロボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリと対峙して、攻撃することができないという一方的なルールである。これ一つとってみても猪木には到底闘う方策が残されているとは思えないものであった〉(同前)

 試合当日の打ち合わせで永里から舟橋に指示が出た。猪木はタックル、回転技(ローリング、アンクルホールド)の禁止。試合直前には、①背中や腰をマットにつけるか手をマットにつけての足の甲か側面での蹴りは認める、②平手での張り手も認める、③放送の中でルールに触れてはならない、という3点を告げられた。この理不尽なルールは、口外を禁じられた。

「放送はもちろん、報道機関にも伝えてはならない。アリの品位を損なうからだったそうです。これが吞めないならアリは急にケガをしたと帰国するだろう、と最後通告してきた─と永里さんは語っていました」

 世界最強ボクサーが、対戦相手にほとんど何も許さないルールでなければ戦えない─これが知れればアリにとって致命的なダメージになる。だが猪木は「アリ戦の先」を見ていた。

「猪木さんは私に『俺はアリを困らせるために日本に呼んだんじゃない。アリとの試合を通して、真のプロレスのステータスを確立したいのだ』と言った。猪木さんはアリに勝つことより、アリと試合をすること自体が目的だったんです」

 このルールを、事前番組で視聴者に説明すべきと提案したのは、舟橋だった。

「異種格闘技戦ですから、視聴者が一番知りたいのはどんなルールで闘うのかということ。フリップなどにルールの概要を書いて事前番組で説明したいと提案したんです。しかしプロデューサーは却下。『猪木さんにとって圧倒的に不利なルールを視聴者に知らせたら試合が盛り下がる』『そこを試合でうまくしゃべるのがお前の仕事だ』と」

 試合当日の早朝、日本武道館の実況席で、舟橋は伝達を受けた。異種格闘技戦ながらルール説明は不可。解説者との「連携」も封じられてしまった。

「解説はスポーツニッポンの記者・後藤秀夫さん。早稲田の虎と呼ばれた元ボクサーです。本来なら解説者と息を合わせて実況するものですが、ルールを明かせない以上、どういった視点で話を振ればいいのかわからない。『今回は解説者とルールに関する話はできないのだ』と肚を括りました。リング上の動きを、そのまま実況していくしかない、と」

 NETでの中継は、番組編成の問題で生中継する枠の確保ができなかったため、生放送ではない。武道館では午前11時50分にゴングが鳴ったが、視聴者が見たのは1時間以上あとの午後1時だった。

 ゴング直前、舟橋は放送席からリングに立つ猪木とアリの表情を見た。

「猪木さんは、いつもの試合とは違う表情でした。常にリング上では自信に満ちた鋭い眼光で相手を捕らえるのに、アリ戦では眼差しが違う。何か考えているように見えました。これまで経験したことがない未知の世界に入っていくのですから。ただ、そうした事情を実況で話すわけにはいかない。アリの表情にもいつもと違った戸惑いを感じました」

 試合開始早々、猪木はアリの足元にスライディング、のちにアリキックと呼ばれる蹴りを仕掛けた。

「あの瞬間の会場のどよめきは忘れられません。私も実況しながら心の中で叫んでいました。手足を封じられたルールの中ではあの攻撃しかなかったんです」

 それゆえに、冒頭で引用した柳澤の「中継アナウンサーも唖然」のくだりを舟橋は受け入れられない。

「私はあの時、震えるほど興奮していたんです。外から見れば唖然としていると見えたかもしれませんが」

 前掲の柳澤の著書に舟橋をこう記した個所がある。

〈寝てばかりいる猪木にいらだった舟橋アナは「初めての世界王者同士の戦いです。内容のある試合を望みたい」と視聴者に成り代わって不平をこぼした。ドラマチックな試合を望むアナウンサーの気持ちは理解できるが、2人のファイターは、未知の戦いを死力を尽くして戦っていたのだ〉

 これも舟橋は否定する。

「『不平をこぼした』というのも真意は違う。実況でルールに触れることを禁じられていた私には、視聴者に成り代わって不平をこぼすことなどできるはずがない。内心で猪木さんの戦法に快哉を叫びながら、言葉には出せなかった─それが真実です。私の真意を捻じ曲げて文字化されているので大いに不満です」

 6ラウンド、猪木がアリをグラウンドに引きずり込み、反則のヒジ打ち。アリ陣営は猛抗議をした。

「あれは猪木さんのイラ立ちの表れだったと思います。膠着を打破しようとする猪木流のインサイドワーク。実況している私もイラ立っていましたから、『よくやった! さすが、アントニオ猪木!』と心の中で喝采しましたよ」

 グラウンドの攻撃にも制約はあった。

「猪木さんのセコンドのカール・ゴッチは、試合中ほとんどアドバイスをしなかった。試合後に理由を尋ねても、ゴッチはニヤッと笑うだけで答えてくれませんでした。アメリカ人のゴッチにとってアリがどれほど偉大な存在かは、日本人の想像を超えるものがある。猪木さんがアリを仕留めたら大変なことになる。あの試合の難しさを最もわかっていたのは、ゴッチだったのかもしれません」

舟橋慶一(ふなばし・けいいち)1938年生まれ。62年にNET(日本教育テレビ/現テレビ朝日)入社。アナウンサーとして「ワールドプロレスリング」実況など多数の番組を担当。

福田竜一(東京新聞)

写真提供/山内猛

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