もう真夏の外出は、根性で乗り切る時代ではないらしい。気象庁は今年、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と新たに決めた。猛暑日を超える暑さが日常化したことで、服そのものが冷却機器になる流れも加速している。これまでのファン付きウェアは「現場作業用...
記事全文を読む→勝新太郎元マネージャーが初めて明かす「オヤジの素顔」(1)初対面は「ベラミ」だった
今年で勝新太郎が亡くなって20年が経過した。多くの名作映画に出演しただけでなく、それ以上にプライベートでの豪快な逸話は数知れず。そんな勝を間近に見てきた元マネージャーが初めて明かす女優との交流や“禁断”エピソードを以下──。
「勝プロが倒産した(1981年)直後のこと。九州朝日放送から『勝さんとスティービー・ワンダーとの対談をお願いしたい』という電話が入った。もしかしたら相手は勝プロが倒産したことを知らないんじゃないかと思って『実はうちは倒産したんですが、ご存じですよね?』と尋ねると、社長さんに電話を代わってね、『御社の倒産は存じ上げていますよ。でも、勝さんの芸が倒産したわけではありませんよね?』と。あの言葉は今も忘れられないね」
そう語るのは、勝新太郎の元側近マネージャーだったアンディ松本氏(67)=本名・松本篤=。映画「座頭市」や「悪名」などで一世を風靡する一方、破天荒な私生活でも昭和芸能史に数々の伝説を残した怪優、勝新太郎を、身近で最もよく知る人物だ。
97年6月21日に勝が亡くなり、今年で20年の歳月が経過する中、アンディ氏が哀惜を込めて描いたエッセイ「勝新秘録 わが師、わがオヤジ勝新太郎」(イースト・プレス刊)が上梓された。元側近だけにこれまでの知られざるエピソードが満載だが、そもそもアンディ氏と勝の出会いは、京都の高級クラブ「ベラミ」だった。
「ベラミ」といえば、三代目山口組・田岡一雄組長襲撃事件の舞台として知られた場所だが、当時、アンディ氏は得意の語学力を生かし旅行会社に入社したものの人事抗争に嫌気がさして退社。送別会の会場で、たまたま勝と出会ったのだった。アンディ氏が振り返る。
「ふと目の前を見ると、勝新太郎がいる。思わず『大ファンです!』と言うと、オヤジ(アンディ氏は勝をそう呼ぶ)が『そうかい。あとで飲みに来い』と‥‥。そこで挨拶に行くと『お前さん、いい目しているね』って言われてね。『役者はメイクアップするし、衣装も着て演技もする。だけどな、一つだけできないことがあるんだよ。目だよ、目。目だけはメイクアップできない』って」
初対面で、勝の眼鏡にかなったのか、後日、東京・赤坂にあった伝説的なクラブ「ラテンクォーター」にいる勝の付き人から連絡があった。翌日から即、マネージャーとしての日々が始まったという。1978年のことだった。
アサ芸チョイス
ドジャース・大谷翔平の第二子誕生をめぐって、フェミニストを名乗る女性たちがSNS上で「多産DVだ」「年子出産は女性虐待だ」と騒いでいる。大谷夫妻は昨年4月20日に第一子誕生を報告、この6月20日に第二子誕生をアナウンスした。これら誹謗中傷コ...
記事全文を読む→一発出たら同点。3-7と4点をリードされて迎えた7回裏、二死満塁の場面。この日いちばんの勝負どころで、広島・新井貴浩監督がベンチから送り出した代打は捕手・石原貴規だった。結果は空振り三振。最大の山場でなぜ、より長打を見込める打者を送り込まな...
記事全文を読む→これはトレードのショーケースなのだろうか。そう思ってしまったのは、阪神タイガースの梅野隆太郎捕手が2軍から再昇格し、6月23日のヤクルト戦に即スタメン出場して攻守に高い能力を見せつけたことだ。1-0とリードした5回に二塁打を放ってチャンスメ...
記事全文を読む→

