単身上京してきたものの、先の見えない芸能界での活動が、綾瀬にとって大きなストレスになっていった。
デビュー当時はビキニやグラビアをはじめ、バラエティ絡みの仕事が多く、人前でのトークも苦手で、それがストレスとなり、コンビニの菓子をドカ食いし、1年で7キロも太ってしまうのだ。
さるグラビア関係者にとっても、急激な太り方は"グラビア失格"と言っても過言ではないほど、深刻なものだった。
「デビュー直後は"あや"という芸名で活動していました。現在の"綾瀬はるか"は、ネットで名前を公募したものです。グラビアを中心に活動していましたが、アイドルとしては少々太り気味でしたね。何せ趣味が食べることですから」
そして、所属事務所は、その体型を逆手にとって思わぬ奇策に出た。人気番組「B・C.ビューティー・コロシアム」(フジテレビ系)に、現役アイドルでありながら減量に挑戦するという体当たり企画に参加したのだ。
「しかし、まさかの減量失敗。和田アキ子から芸能界引退宣告をされるという苦い経験もした」(芸能記者)
さらには、深夜バラエティ「品庄内閣」(TBS系)では、水着姿で出演。局部をまる出しにした品川に追いかけられたこともあった。
当時のことをアイドル評論家・堀越日出夫氏は鮮明に覚えているという。
「『品庄内閣』でも体型のことでイジられていましたね。番組で綾瀬自身も『ウエストは公式プロフィールよりもっとあります』と告白していたぐらいですから。当時事務所としては、バラエティで売り出すつもりだったんでしょうね」
そんな低迷期を克服し、体を張った活動ぶりが功を奏したのか、グラビア中心の下積み時代から、徐々に女優業への道も開けてゆく。
女優デビューは、01年の「金田一少年の事件簿」(日本テレビ系)だった。この時は、まだほんの脇役程度の出演だった。
だが、02年には「ブルマが似合う女の子」という理由から映画「JUSTICE」(02年/アミューズピクチャーズ)への出演オファーが舞い込み、ついにヒロインとして映画デビューを果たす。
03年には連続ドラマのレギュラー出演にこぎつけた。「僕の生きる道」(関西テレビ系)で綾瀬は、当時まだ高校3年生。ここから彼女の女優としての快進撃が始まったのだ。
-
-
人気記事
- 1
- 「アッコにおまかせ!」から芸能ニュースが消えた…和田アキ子の「無自覚な舌禍」を阻止せよ
- 2
- 阪神・佐藤輝明の「ホームラン確信歩き」よりも問題視されていた「あの行為」
- 3
- 巨人・甲斐拓也「自信満々の交流戦データ」がまるで役立たず…1イニング複数失点の「起用問題」
- 4
- 【しらさぎSの大ヒント】背水の陣のチェルヴィニアは鉄板!ヒモ穴には「格上挑戦馬」と「特例軽量馬」
- 5
- 2軍でもダメ…巨人・リチャードの打撃はどこが問題か?デーブ大久保の「ワンレッグ・ステップ」分析
- 6
- 「24時間テレビ」の裏側「名探偵コナン」怒濤のグッズ販売で「愛は地球ではなく転売ヤーを救う」
- 7
- 「3Aで戦力外」藤浪晋太郎に日本ハム・新庄剛志監督「俺のところに来たら化ける」再生プランの本気度
- 8
- 森保一監督はなぜ「現コーチ陣」を入閣させたか「当事者」前田遼一が聞かされた「理由」
- 9
- コメ大臣・小泉進次郎「傾国の暴君」ギョーテン現場(3)「進次郎劇場」と森山幹事長
- 10
- 「ドジャース構想外」佐々木朗希に降りかかる「井川慶の悪夢」と「お宝候補」トレードの可能性
-
急上昇!話題の記事(アサジョ)
-
働く男のトレンド情報(アサ芸Biz)
-
-
最新号 / アサヒ芸能関連リンク
-
-
厳選!おもしろネタ(アサジョ)
-
最新記事
-
アーカイブ
-
美食と酒の悦楽探究(食楽web)