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記事全文を読む→槙原寛己、“制球力”をアップさせた堀内恒夫の「貴重な助言」を動画回顧!
「巨人三本柱」だった、元プロ野球選手の槙原寛己氏と言えば、キレのある豪速球を武器に、少々の荒れ球をものともせぬ攻めの投球だった印象が強い。
「巨人三本柱」の世間の評価として、槙原氏は豪快、桑田真澄氏は繊細、斎藤雅樹氏がその中間だったようにも思えるのだが、後ろを守るチームメイトから見れば、「コントロールひとつとっても槙原が一番良い。投げ間違えがないじゃん」と、槙原氏こそ繊細な投手だったと口にする人物がいた。
槙原氏とほぼ同年代に1軍で活躍した元巨人の岡崎郁氏だ。語られたのは、岡崎氏のYouTubeチャンネル〈アスリートアカデミア【岡崎郁 公式チャンネル】〉の、槙原氏が出演した、3月12日付け投稿回でのこと─。
槙原氏は1983年に12勝を挙げて新人王を獲得。しかし、当時はコントロールがままならず、勝ち続けることへの不安を募らせていったようだ。
そんなタイミングで、槙原氏に「後ろのテイクバックを小さくするよう」アドバイスを送ったのは、84年に1軍投手コーチに就任した堀内恒夫氏。
当初は、速球の威力を落すことから、個性を喪失することにつながり、納得いかなかったと振り返った槙原氏だが、83年シーズン終わりに肩を傷めたこともあり、堀内氏の助言を生かす努力を続けたところ、制球力が上がり、また、さほど速球の威力が落ちることもなく、「非常にアプローチとして良い助言もらったな」と堀内氏に感謝を示していた。
世間の印象は、槙原氏のルーキーイヤーの“豪快”な姿が強く残っていたということか…。もっとも、制球力なくして、94年5月18日に平成で唯一となる完全試合を成し遂げることも無かっただろう。槙原氏のその後の活躍へつながる舞台裏を知ることができた興味深いトークだった。
(ユーチューブライター・所ひで)
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