何でも値上がりする物価高ニッポン!バカ高いランチ代に頭を悩ませている人も多いだろう。しかし、諦めるのはまだ早い。探せばそこかしこに“コスパ最強メニュー”があるのだ。フードアナリストの重盛高雄氏がボリューム、価格、味を吟味し、満足...
記事全文を読む→出場試合数は大谷翔平自身が決める/「オオタニを最もよく知る男」緊急インタビュー(1)
「ショータイム」の伝道師が緊急来日した。アメリカ・カリフォルニア州で発行される日刊紙「オレンジ・カウンティー・レジスター紙」でエンゼルス番を10年以上務めてきたジェフ・フレッチャー氏が「SHO-TIME 大谷翔平メジャー120年の歴史を変えた男」(徳間書店)を執筆。22年7月に出版されるや、4万5000部のヒットを飛ばしている。このほど多忙なスケジュールの合間を縫って、インタビューに応じてくれた。
「大谷翔平がエンゼルスに入団した18年から、本の執筆はスタートしました。メジャー1年目ながら、投手として4勝2敗、防御率3.31。打者としても打率2割8分5厘、22本塁打、61打点の成績を残して、ア・リーグの新人王を獲得した。誰もがその後の活躍を期待しましたが、その年の10月にトミー・ジョン手術を受けた。同時に、本を出版する計画もストップしてしまいました」
そう言って、フレッチャー氏は当時を振り返る。カリフォルニア州ロサンゼルス在住でMLB取材歴24年のベテラン記者は、大谷のルーキーイヤーから4年間にわたって密着取材。21年の復活劇で再び、出版計画は息を吹き返すことになる。
「手術を受けた影響もあって、19年と20年は、投手としてはシーズンを棒に振りました。打者としても19年から下降線を辿り、20年は不振の沼にハマッた。先発から外れる試合もしばしばでした。この時ばかりは我々も、ショウヘイの二刀流に半信半疑な感情を抱かずにはいられませんでした。ところが21年には、日米のファンが知る復活を遂げて、MVPを獲得したのです」
46本塁打を放ち、シーズン終盤まで本塁打王を競ったことは記憶に新しい。さらに投手としても9勝2敗で防御率3.18という安定した数字を残す。復活のウラには、大谷をめぐるチームの方針変更があったという。
「今のエンゼルスは、出場試合数や調整方法を本人に委ねています。当初、日本ハムのスタッフから、ショウヘイは体に痛みや張りが生じても自ら『痛い』と言う選手ではないと聞いていました。かつては球団側が観察して、トレーニング量や登板数などを管理してきた。それを本人に委ねたところ、結果が付いてくるようになったんです。飛躍するまでに最も学んだことは、休みの取り方でしょう。長時間の睡眠時間を確保することは有名ですが、取材の場でも睡眠の大切さを語っています。厳密には『休日』を設けないことが正解だったわけですが」
言わずもがな、メジャーリーグの「スーパースター」の地位を手にした。長距離打者としては日本が誇った「ゴジラ」よりも格上なのは間違いないようだ。
「メジャー2年目に31本塁打を放った松井秀喜を抜いたことは、その成績が証明しています。2人の大きな違いは、渡米した年齢です。ショウヘイは24歳、松井は29歳になる年にメジャー1年目を迎えている。年齢を重ねるごとに、打撃に限らず、能力は落ちていきます。選手が成熟するのは27~8歳くらいでしょう。例外なくショウヘイも、全盛期の真っただ中にいます」
(つづく)
アサ芸チョイス
今年も園遊会に招かれなかった。いつかお声がかかる日が来るかもしれないと、ブックオフで値下げされていた「皇室入門」という新書まで購入し、熟読しているのに、いまだお呼びがかからない(笑)。ちなみに園遊会とは天皇・皇后両陛下が各界の功労者らを招き...
記事全文を読む→10月30日に秋季キャンプを始動させた巨人の映像が流れ、高橋由伸ヘッドコーチと清水隆行打撃チーフコーチの就任が紹介された直後だった。11月1日放送の「サンデーモーニング」(TBS系)で駒田健吾アナウンサーが「上原さんは、ピッチングコーチは?...
記事全文を読む→脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→

