日本とモンゴルの外交問題に発展したモンゴル草原火災に、元横綱・朝青龍ことドルゴルスレン・ダグワドルジ氏が「物言い」をつけた。火災が起きたのは10月8日。モンゴル東部ドルノド県のヌムルグ自然保護区で規模な草原火災が発生し、東京都の約2.4倍に...
記事全文を読む→「引退ではなく卒業です。新しい松岡修造になる」暑苦しい熱血男の力説は「時代の先をいく珍言」だった
松岡修造といえば、そのあまりにも熱すぎるキャラが世間に浸透し、スポーツキャスターとしてパリ五輪でもレポートをこなしていた。「うるさい」「暑苦しい」などといった嫌悪の声はあるが、そのスタイルが揺るぐことはない。
松岡はプロテニスプレーヤーとして、現役時代(1995年)にはウィンブルドンでベスト8に進出するなど、世界のトッププレーヤーとして活躍。この当時は「爽やかな青年」というイメージが強かったと思う。
長身で甘いマスク、さらに東宝社長の子息という血筋の良さもあり、松岡に憧れる女性テニスファンは多かった。
そんなイメージがガラリと変わったキッカケが、1998年4月に行われた引退会見だった。スポーツ紙のスクープ報道を受けて行われる形となったが、会見の冒頭から、松岡は熱いキャラを炸裂させた。
通常、引退会見はしんみりとしたムードで進行する。時おり声を詰まらせ、涙を流すといった光景が思い浮かぶ。ところが当時30歳の松岡は、やや怒気を含んだ声で、
「引退ではありません。卒業です!」
そう言って引退を否定したのだ。当然ながら、記者からは「今後も試合には出るのか」という質問が出たが、松岡はこれも否定。引退をスクープしたと思われる記者は憮然とした表情で「それは引退というのでは?」と指摘したが、松岡は断固として譲らない。
「引退ではない。新しい松岡修造になるということです。違うステージに行くのです」
こうして最後まで松岡と記者たちのやり取りは噛み合わないまま、「卒業会見」は終了した。
自らが発表する前にスポーツ紙に抜かれた悔しさはあったと思われる。そうした反発が謎の言動につながったのでは…と推察したが、松岡をよく知るスポーツ紙記者に聞くと、
「まぁ、いつもあんな感じです」
と苦笑しながら話していた(後々、松岡は引退理由について「負けても悔しくなくなったから」と明かしている)。
過去に例のない会見となったが、松岡の「卒業宣言」以降、引退という言葉を使うことなく第一線を退くトップアスリートが増えたような気がする。
フィギュアスケートの羽生結弦も、引退ではなく「決意表明」として会見を開き、「さらにうまくなる」と語った。五輪4連覇を果たした女子レスリングの伊調馨はいまだ、引退を表明していない。
もしかすると松岡の「卒業宣言」は、時代の先をいくものだったのかもしれない。
(升田幸一)
アサ芸チョイス
「本格復帰に向けた観測気球を兼ねているのでしょう」こう話すのはさる芸能ジャーナリストだ。10月26日に開催された東京国際映画祭のレッドカーペット。雨が降りしきる会場で報道陣や観客の目をひと際引いたのが、女優の永野芽郁である。主演とプロデュー...
記事全文を読む→今年のお笑い賞レースは10月17日に「キングオブコント」が終わり、あとは11月1日の「NHK新人お笑い大賞」、そして12月の「M-1グランプリ」を残すのみ。賞レース番組では審査員の採点、コメントが大きくクローズアップされるが、その責任の重さ...
記事全文を読む→前巨人2軍監督・桑田真澄氏の次男でタレントのMattから「性被害を受けた」として、一昨年から今年にかけて、警視庁に複数の被害届が提出されていたと「週刊文春」が報じている。それによると、1人目の被害者は今年1月、都内でMattと美容系インフル...
記事全文を読む→

