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清原和博の“バット投げ&ヒップアタック”/喧嘩上等!プロ野球「遺恨渦巻く乱闘史」ワクワク20戦(2)

 思い起こせば、さながら2大王者タイトル統一戦の様相を見せたマッチアップもあった。

「86年6月13日の西武対近鉄戦で、デービスが右ヒジにシュートを当てた東尾修にパンチ4発とキックを食らわせました。後にデービスは大麻取締法違反で逮捕されますが、東尾も賭けマージャンで書類送検されている。いわば、球界の『麻薬王』と『賭博王』の対戦だったわけです。とはいえ、東尾は顔面打撲や右足首捻挫など手負いの状態で、完投勝利を収めたのですから立派の一言。昨今の『コンディション不良』や『違和感』で休みがちな現役選手には見習ってほしい」(ユンボ氏)

 ガチンコ乱闘シーンで実は小心者の一面を晒してしまったのが西武・清原和博だ。89年9月23日の対ロッテ戦で平沼定晴に死球を当てられるのだが‥‥。

「平沼に向かってバットを投げたところまでは威勢がよかった。ただし、そこからのヒップアタックはどこかドンくさい印象です。その後に逃げ回っていたのも情けなかった。翌日、辻発彦に連れられてロッテに謝罪に訪れた際は半べそをかいていたと聞きましたが、恐らくロッテ側の報復にビビっていたのでしょう。事実、平沼は仕返しをするために試合後、球場の駐車場で清原を待ち伏せしていたらしいですからね」(ユンボ氏)

 時には、アドレナリンが放出されすぎ刑事事件に発展するケースもあった。

「昭和の審判は選手に舐められていました。というのも、審判の多くが大成できなかった元選手のセカンドキャリアだったからです。それを象徴していたのが82年8月31日の大洋対阪神戦。誤審をした塁審が、武闘派で知られていた阪神の島野育夫コーチや柴田猛コーチらによってたかって暴行された。止めに入った球審もプロテクターをはがされ、ボコボコにされて肋骨を骨折。ちなみに、島野コーチと柴田コーチの2人は、4月に判定をめぐって塁審を監禁した前科もありました」(球界関係者)

 もっとも、スポーツマンシップに反する〝大立ち回り〟にもお互いに「正義」はある。元広島の長嶋清幸氏が88年9月9日の対中日戦の乱闘劇を回顧する。

「センターから高橋慶彦さんが多勢に無勢でやられていたのが見えて、タイマンならまだしも2〜3人で囲んでいたからブチっときちゃって、そのままガンちゃん(岩本好広)に蹴りを入れていた」

 そんな喧噪の中で相手チームのはずの星野監督から「岩本とタイマン張れ!」と挑発された。

「さすがに島野コーチに『やめとけ!』と止められました。もともと、ガンちゃんとは彼が阪急にいた頃から教育リーグで切磋琢磨した良好な仲だったけど、さすがにシーズンが終わるまで遺恨は続きました。ただ、当時の中日は星野監督で闘志を前面にアピールしなきゃならない事情があった。一方で、こっちもやられっぱなしというわけにはいかない。オフには互いに『ユニフォームを着ている中でのことやから‥‥』と歩み寄る形で手打ちとなりました」(長嶋氏)

 雨降って地固まる─。決して暴力は許されるものではないが、拳でしか語り合えないものもあったようだ。

<あゝ古き良きかなプロ野球乱闘事件簿20選>

1952年7月16日:のちに「平和台事件」と呼ばれる西鉄対毎日戦。毎日側の露骨な遅延工作による日没ノーゲームに怒った西鉄ファンが暴徒化。機動隊3300人が動員された

1958年5月10日:東映・山本八郎が判定をめぐり審判を突き飛ばす。退場前にさらに殴る蹴るを食らわして無期限出場停止処分。翌59 年にも同処分を受けて〝ケンカ八郎〟の異名を取った

1968年7月21日:同日に2000安打を達成した毎日の一塁手・榎本喜八が近鉄の安井智規と強く接触し、両軍入り乱れる大乱闘に発展。荒川俊三にバットで殴打されて榎本は昏倒した

1968年9月18日:阪神・バッキーが巨人・王貞治に投げた顔面スレスレのボールに、巨人・荒川博コーチが激怒してマウンドへ。バッキーに蹴りを入れるや額にカウンターパンチを食らう

1974年4月27日:クロスプレーで太平洋の捕手・宮寺勝利の危険なブロックに激怒したロッテ・金田正一監督が三段キック!  対してメジャー助っ人のビュフォードがヘッドロックで応戦

1976年6月17日:日本ハム・大沢啓二監督が阪急・竹村一義をマウンド上で殴打。4回にウイリアムスの後頭部、5回に上垣内誠への死球を受けて「頭はいかん! 」と〝喝〟が入れられた

1982年8月31日:阪神のコーチらが大洋選手の落球をファウル判定した塁審に抗議。大人数で塁審を取り囲んで殴る蹴るの袋叩き。「横浜スタジアム審判集団暴行事件」として刑事事件化

1986年6月13日:死球を受けた近鉄・デービスがマウンドにいる西武・東尾修に激昂。突進するなり殴る蹴るで退場となったが、「当然の自己防衛だろ」と反省の弁は一切なかった

1987年6月11日:巨人・クロマティが、死球を投じた中日・宮下昌己に右ストレート! のちに2人は和解し、20年にはクロマティの運営するYouTubeチャンネルで共演も果たした

1988年9月9日:広島・長冨浩志が執拗な内角攻めで中日・仁村徹に死球。両軍入り乱れる中、広島・長嶋清幸が岩本好広の股間に飛び蹴り! たびたびテレビで放送された有名な乱闘映像に

1989年9月23日:西武・清原和博がロッテ・平沼定晴の死球攻撃に激怒して、バットをぶん投げるやマウンドに猛突進。平沼も向かってくるところにヒップアタックをぶちかました

1991年5月19日:死球を投げた園川一美を全速力で追って倒れた近鉄・トレーバーは金田正一監督に顔を踏まれた。逆襲のために再び襲いかかったが、顔面に前蹴りを食らってKOされる

1993年6月8日:巨人・吉原孝介が本塁突入で体当たりをかましてきたヤクルト・古田敦也に肘打ちして乱闘の火蓋は切られた!  古田は執拗な内角攻めからの死球で出塁していた

1994年5月11日:死球合戦の中、ヤクルト・西村龍次から顔面付近の投球を受けて巨人・グラッデンがヒートアップした。キャッチャー・中西親志にアッパーを食らわせて両軍揉み合いに

1998年7月31日:阪神戦に先発したガルベスは、主審の際どい判定にイライラして大乱調。6回に降板してベンチに戻る直前、審判に向かって豪速球を投げつけたが、幸いにもボールは外れた

2000年5月6日:中日の立浪和義が横浜戦でストライク判定に腹を立てて主審を〝諸手突き〟。ともに暴力を振るったとして星野仙一監督と外野手の大西崇之の計3人が退場になった

2002年7月25日:巨人・入来祐作のすっぽ抜け投球が阪神・アリアスの背中に。激昂して向かってくるアリアスに入来もグラブを叩きつけて挑発。アリアスからパンチを1発食らわされた

2008年9月24日:ロッテ・ベニーが1イニングにチーム3個目の死球を受けて激怒。西武・細川亨を首投げして左肩を脱臼させたあげく、ズレータとともに両腕を引っ張って追い討ち

2012年4月11日:広島・福井優也の投球が阪神・ブラゼルの膝元に逸れて揉み合いの騒動に。なぜかスタンドの広島ファンから「新井が悪いよ! 」と阪神・新井貴浩にヤジが飛んだ

2017年4月4日:阪神・藤浪晋太郎のヤクルト・畠山和洋に対する死球で乱闘勃発。バレンティンに矢野燿大コーチが飛び蹴りを食らわせるも、突き飛ばされた。2人は仲よく退場処分に

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