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記事全文を読む→田中角栄 日本が酔いしれた親分力(7)新潟の選挙民を東京で歓待
田中角栄は役職、年齢を問わず、あらゆる立場の人々の心を瞬く間につかみ、己の力へと変えながら政界の頂点へと駆け上った。その躍進を支えたのは、飾らない人柄、細やかな心配り、たゆまぬ情報収集、そして大胆な決断力。時代を動かした男の魅力は、ここにある!
1952年(昭和27年)10月1日。総選挙の運動中に、田中角栄の地元新潟の秘書である本間幸一が、目白の田中邸を訪れ、興奮した口ぶりで田中に言った。
「選挙態勢強化のために、いい案を思いつきました」
日ごろ冷静な本間にしては珍しく、その案を得々と説明した。
「地元の選挙民を、この目白の家へ団体旅行させてはいかがでしょうか」
「うむ、それは悪くない」
「団体で寝泊まりし、同じ釜の飯を食うと、不思議と仲間意識が湧くものです。団体で東京に来て代議士に会うことを繰り返している内に、自然に後援会が固まっていくものです。春に旅行すると、さらに効果も出ます。越後の厳しく長い冬からの解放感も味わえ、暖かい東京に出かけることで、太平洋側と新潟の地域格差を肌で知ってもらうこともできます」
「おお、素晴らしい考えだ。毎年やろう。俺も時間のある限り地元民と会う」
本間は、さっそく「目白詣で」を実行に移した。2泊3日の日程を組み、地元民を夜行列車に乗せ、新潟を出発した。当時の地元民にとって、新潟から出て東京見物できるなど、夢のような時間であった。
東京に着いた翌朝、銀座の東京温泉でひと風呂浴びさせて、朝食をとらせると、田中の刎頸(ふんけい)の友である小佐野賢治が経営する国際興業のバスに乗せ、目白台の田中邸に向かわせる。
田中邸では、田中自らが下駄をつっかけたざっくばらんな姿で出迎え、一人ひとり全員にお茶を出し、羊羹を配った。当時は甘いものが珍しく、みんな羊羹を紙に包んで大事に持ち帰った。
田中は訪問客を前に、得意の浪曲「天保水滸伝」をうなった。
♪利根の川風袂に入れて 月に棹さす高瀬舟
選挙民たちは、田中の浪花節に拍手をし、「おらが先生」という親しみを持った。
その後は、国会議事堂へ。生まれて初めて踏む赤絨毯を、まるで雲の上でも歩いているような気持ちで楽しんだ。地方からの選挙民が国会の赤絨毯の上を団体で歩く光景は、この「目白詣で」から始まった。
その後は皇居、浅草の国際劇場でレビュー鑑賞、さらに江の島、熱海、伊豆方面の観光にも行き、選挙民たちはたっぷりと旅を堪能した。
作家:大下英治
アサ芸チョイス
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