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記事全文を読む→夏の甲子園でスターになれなかった男たち(5)高橋由伸が味わった「負け投手」の洗礼
昨年オフ、18年間の現役生活を引退して、今季から巨人の第18代監督に就任した高橋由伸。現役時代はそのシュアなバッティングで天才バッターの名を欲しいものにしていたが、その才能は神奈川の名門・桐蔭学園に入学した直後から発揮されていた。
91年夏の選手権にいきなり3番ライトのレギュラーで出場を果たしたのである。しかも初戦の熊本工戦では2安打、2回戦の柳ケ浦(大分)戦でも3安打1打点と勝利に貢献。続く3回戦では4-5と鹿児島実の前にサヨナラ負けを喫するも、出場3試合で14打数6安打2打点1三振1盗塁。打率4割2分9厘。大舞台での勝負強さを存分に見せつけたのだ。
由伸は翌92年も甲子園に戻ってきた。しかも今度はライト兼リリーフエース。その初戦の相手は沖縄尚学。試合は1回表、4番高橋のライトへのタイムリー2塁打で桐蔭が早くも先制。その後は1点ずつを取り合う白熱した接戦となり、8回表を終わって3-2と桐蔭がわずかに1点をリードしていた。そして、この8回裏に桐蔭ベンチが動く。“ストッパー由伸”の投入である。
だが、この日の“投手・由伸”は神奈川県予選とはまるで別人だった。この回、沖縄尚学打線に3安打を浴びせられ、同点に追いつかれてしまったのだ。それでも9回になんとか1点を勝ち越した桐蔭。ところがその裏、由伸投手が2アウトから相手の4番にセンターオーバーのタイムリーツーベースを打たれあえなく同点。延長に入っても10回裏に満塁策でしのぐなど、苦投が続いていた。じつは由伸は4回表の攻撃の際、本塁突入のクロスプレーでフトモモと腰を痛めてしまっていたのだ。
そして迎えた運命の12回裏。2死一、二塁のピンチ。ここで次打者の打った打球はライト前へ。すると次の瞬間、なんとライトからの本塁送球が逸れ、2年続けてまさかのサヨナラ負けを喫してしまったのである。
最上級生となった3年時には、強打者を1番に据えるというチーム方針により、1番を打つも予選で敗退。有終の美は飾れなかった。“投手・由伸”は苦い思い出でも、それでも“打者・由伸”の甲子園通算成績は20打数8安打。打率は4割ジャスト。熱心な甲子園ファンの記憶に残っていないのが惜しいとすら思われる、天才の明と暗の貴重な記録だ。
(高校野球評論家・上杉純也)
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