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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「天龍源一郎」(3)プロレスは観るとやるとでは大違い
テリー このたび、天龍さんの自叙伝が出ましたよね。せっかくですから、天龍さんの格闘家人生もここで振り返りたいんですよ。そもそも、力士になるきっかけは何だったんですか?
天龍 たまたま親父が散髪しに理髪店に行ったら、そこに相撲部屋のスカウトがいて、「体の大きい兄ちゃんいないかね?」って聞かれて「うちの息子は大きいよ」って答えたらしいんです。その時、俺は中2だったんですけど、身長180センチ、体重60キロぐらいあったから。
テリー 最初の二所ノ関部屋の印象はどうでしたか?
天龍 驚きましたね。当時、相撲部屋は日本家屋だと思い込んでいたんですが、4階建のビルだったんですよ。しかも「神聖なる稽古場はいちばん上」という親方の考えで、稽古場は4階。全てがカルチャーショックでした。当時、新弟子も100人ぐらいいてね。
テリー 「ここでやっていけるのか?」という不安はなかったんですか?
天龍 もともと相撲の世界は厳しいものだとわかって来ていますから。例えば稽古があるでしょう? 学校に行かなきゃいけないから、起きるのは夜中の3時なんですよ。
テリー 今の僕より早起きですね。
天龍 で、6時ぐらいまで稽古をやってると汗でドロドロになるから風呂に入らなきゃいけないんですけど、風呂場は稽古場の横にあって、そこではまだ先輩方が稽古してるわけです。だから「先輩が稽古しているのに、お前たちが風呂に入るのは10年早い」とか言われて、屋上で水をぶっかけられるんです。それは夏でも真冬でも。そんな毎日でしたからね。
テリー ひゃ~、そんな生活を耐えた人だけが力士になれるんですね。で、天龍さんは最終的には前頭筆頭までいって、26歳でプロレスに転向されることに。
天龍 (ジャイアント)馬場さんに誘われてね。でも、観てるのと実際にやるのとは、全然違いましたね。
テリー それはどういうところが?
天龍 プロレスが、こんなに体をいじめて痛い思いするものとは夢にも思ってなかったですから。リングのロープでレスラーが弾かれるじゃないですか。あれ、俺は最初、ゴムが入っていると思っていたんです。
テリー ああ、確かに。
天龍 中にワイヤーが入ってるのを知らなくて、やってるうちにアバラのところが傷ついたりとか骨にヒビ入ったりしたんですよね。
テリー リングのマットも堅いですよね。
天龍 板の上に薄いマットを敷いているんです。体重が軽い人はそうでもないんですけど、重たい人が勢いよく沈んじゃうと、ものすごく痛いですよ。
テリー デビュー後、しばらくはアメリカと日本を行き来していましたよね、大きな転機となったのは?
天龍 81年7月に、ビル・ロビンソンとのタッグで、馬場さん、(ジャンボ)鶴田さんとインターナショナル・タッグ王座に挑戦した時ですかね。まだ全然ヘタクソなのに、(アントニオ)猪木さんが使った延髄蹴りとか、卍固めとか好き勝手やっちゃって。当時、他団体のエースの必殺技を使うのはタブーだったんですよ。
テリー そうでしたね。
天龍 でも、そこでムチャクチャやったことで妙な注目を浴びちゃって。そこからガラッと人の見る目が変わったのを感じました。
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