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記事全文を読む→“伝説のいい女”に会いたい!「<傷だらけの天使>ホーン・ユキ」
70年代にアイドルグループの一員、女優としてその妖艶な姿で世の男性の熱い視線を浴びたホーン・ユキ(65)。“ボイン”の代名詞とも言える存在だった。
「ボインと言われると、ホントにピンとこないんですよ。実際、そんなに大きいと思ってなかったですし」
そう言って笑うホーン。しかし、B90・W60・H90の豊満なバストの持ち主の話だけに、にわかには信じられない。
「いや、バストの大きさだけならグループ(ザ・シュークリーム)の谷上いく子さんのほうが大きかったですから。当時私は、あまりにも妖艶さが足りないので、スタッフの人に相談したことがあったくらい。そうして出た結論が、『キミはそういうタイプじゃないんだから、それ以外の路線を探せ』と(笑)。だから、ボインちゃんと言われると不思議な感じがしますね」
脱・色気路線を意識したワケではないだろうが、73年にグループが解散してからは女優業へと活動の場を移す。
そして翌74年、巡り合った作品が萩原健一主演のドラマ「傷だらけの天使」(日本テレビ系)だった。ショーケン演じる修の雇い主・綾部情報社社長(岸田今日子)の美人秘書役である。
「萩原さんはもちろん、岸田今日子さんや岸田森さんなど、個性的で存在感ある俳優さんがたくさん‥‥。でも私としては、それだからこそ、あまり周囲を意識せずにドラマの世界に入っていけたというのはあります。私は私なんだって。プレッシャーを感じたということも特になかった」
本格的な女優活動を始めたばかりの当時のホーンにプレッシャーがなかったというのは、正直、驚きだ。
「今でこそ伝説の番組とか言われますけど、放映当時はピンときてなかった。あの作品に出演していたことの大きさがわかったのは、むしろ近年になってから。私の現役時代を知らない男性に『見てました、ファンです!』なんて言われたり。そういうことがたびたびあって、ああ、やはりすごい作品だったんだ、って」
順調な女優活動を続けていたホーンだが、79年に俳優の入川保則と結婚してからは、主婦、そして3人の男児の母として家庭に入ることに。
「私は子供が大好きなので、子育てはホントに楽しかったです」
もっとも、入川との夫婦生活は順調とばかりにはいかなかった。
「入川さんは、いわゆる昔の男性。俺が黒と言ったら白い物でも黒だ、という人でした。それと、子供が生まれても、今までどおり自分だけを見ていろ、というタイプだったし‥‥」
さらに「阪神・淡路大震災に罹災、そのうえ、重度の胃かいよう。そしてマンションの3階から転落しての大ケガも‥‥」と、不幸な出来事が続いた。結局、入川との結婚生活は25年で破綻した。
そんな彼女だが、現在は6年目となった道路工事の警備員の仕事を続ける一方、15年からユニット「Yukiと宙sola」で、絵本の読み語りのライブを定期的に行っている。
「いろいろありましたが、震災などを経験し、人のため、特に子供たちに何か残せないかと考えるようになりました。神戸で手話を覚えたのもそう。絵本の読み語りもそうです」
ホーンの生活は充足感に包まれているようだ。
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