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記事全文を読む→ガッツ石松のOK偉人牧場<現代のヒーロー>(3)健さんはいきなり右パンチ
現代の偉人といえば、私の子供の頃からの憧れのヒーローだった高倉健さんもいる。健さんと念願の初共演をしたのは「神戸国際ギャング」(75年、東映)っていう映画。私が25歳、現役の世界チャンピオンの時だったね。健さんがヤクザの親分で、俺がその若い衆。
初対面は、俺が撮影所で座ってたら向こうから健さんが歩いてきてね。ググーッと私のことを見て、目を離さなかったね。それで手を挙げてニコッと笑って、
「高倉健です」
あの渋い声で挨拶しながら握手してきた。いい男だったねー。映画の衣装の真っ白なスーツ着てさ。まるでオーラが違うね。
健さんは昔、ボクシングやってたの、明治大学時代に。撮影の合間に俺の前で一生懸命、シャドーボクシングやってたね。「俺には当たんねーな」と思ったけど。
素人のシャドーはまず右のパンチを出すんだよね。右のほうが強そうに見えるから。でも実際にはいきなり右を出しても、相手に当たんない。できる人はまず、左ジャブをポーンポーンと1、2回出すんだよ。健さんはいきなり右出してきた。「この人、演技はカッコいいし強そうだけど、ボクシングはダメだな」と思ったね。健さんはボクシングの素質はなかったな。俳優になって正解だね。
撮影現場ではいつもコーヒーを持ってきて「どうぞ」って渡してくれるの、俺に。あれだけのスターが普通はそんなことしないよ。そこが人間性だな。義理人情っつーのかな、礼節をわきまえてるっていうか、大スターでありながら、そういう人間性がみんなに好かれた。本当に「男が惚れる男」だったね。
菅原文太さんもスターぶらない人だよね。文太さんも「神戸国際ギャング」に出演してて、それ以来のつきあいがあった。
文太さんとは「雷おやじの会」というのを一緒にやりましてね。私が発案して声をかけて、文太さんに会長になってもらった。当時は家庭内暴力とか不登校とかで親父が子供を叱れない風潮があって、「それじゃあいけない。親父は怒る時は怒らないといけない」。そういう理念で作ったのが「雷おやじの会」。文太さんは俺の家にも来たことあるし、俺が新宿でサパークラブ「石松」っていう店をやってた時にはよく飲みに来てくれたな。
健さん同様、俺にとってはヒーローだね。昔から憧れてたから。それでウチの長男に、健さんの「健」に文太さんの「太」で「健太」って名前付けたんだから。
そこいくと、萬屋錦之介さんはいかにも「スターさん」だった。「真田幸村の謀略」(79年、東映)っていう映画の打ち上げで、出演者や東映のお偉いさんとか、関係者でメシ食ってたの。その席で萬屋さんが成田三樹夫さんのことを「おい、ナリ!」とかなんとか、あだ名で呼んだんだな。そうしたら成田さんがビールちびちび飲みながら、
「アンタにそんなふうに呼ばれる筋合いねーわ」
映画と同じようにドスの利いた声で返してさ。
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