スポーツ

武豊と名馬たち「競馬の固定観念を壊したエアグルーヴ」

 ダンスインザダークでダービーを惜敗した前週、武は2年連続、3度目のオークス制覇を成し遂げていた。

 騎乗馬は、エアグルーヴであった。

 武の手綱で桜花賞を勝ったシャダイカグラ、93年のダービー馬ウイニングチケットなどを育てた伯楽・伊藤雄二が、誕生直後の姿を見た瞬間、衝撃を受けたというエアグルーヴ。オークスを勝った時点で「名牝」と呼ぶにふさわしい走りを見せていたわけだが、この馬が底知れぬ強さを発揮したのは、旧5歳になった翌97年からだった。

 骨折からの休養明けとなった97年6月のマーメイドSを順当に勝利。つづく札幌記念で前年の皐月賞馬ジェニュインらを下し、牝馬同士のエリザベス女王杯ではなく、天皇賞・秋に駒を進めた。最有力と見られていたのは前年の覇者バブルガムフェローで、前走の毎日王冠でも盤石の競馬で勝利をおさめていた。

 そんな牡の王者が相手だというのに、武は自信を持っていた。どんどん馬がよくなり、もともと高かった素質をフルに発揮できるようになっていたからだという。前年まで見られた、精神的に燃えやすく、力を出しすぎて消耗するところが古馬になってなくなっていた。馬場入りのときテンションが高くなるのは相変わらずだが、返し馬に入ると落ちついてくれる。いざレースとなると、鞍上の意のままにコントロールできる高性能スポーツカーのようになり、競走馬として完成の域に近づきつつあった。

 ある程度ポジションをとりに行き、抑える指示を出すと、すっとそこにおさまる。外から他馬に被せられても動じず、鞍上のゴーサインを待つ‥‥という牝馬離れした走りを、この天皇賞・秋でも見せた。

 直線、後ろからエアグルーヴが来るのを待っていたバブルガムフェローに馬体を併せ、びっしり叩き合い、そして競り落とした。

「牝馬は牡馬と併せたら威圧されるから不利」という定説を、武・グルーヴは吹き飛ばしてしまった。

「牝馬にこれは無理、牝馬はこうすべき、といった固定観念を壊したのが、エアグルーヴですよね」

 そう話した武は、のちにトゥザヴィクトリーやウオッカといった強い牝馬に騎乗したとき、エアグルーヴの背で得たものを生かして力を引き出したのである。

 強く、美しい名牝として、いや、牡牝の別を超越した「名馬」として自身の名を競馬史に刻んだエアグルーヴは、今年4月23日、世を去った。20歳だった。

 

◆作家 島田明宏

カテゴリー: スポーツ   タグ: , , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    ゲームのアイテムが現実になった!? 疲労と戦うガチなビジネスマンの救世主「バイオエリクサーV3」とは?

    Sponsored

    「働き方改革」という言葉もだいぶ浸透してきた昨今だが、人手不足は一向に解消されないのが現状だ。若手をはじめ現役世代のビジネスパーソンの疲労は溜まる一方。事実、「日本の疲労状況」に関する全国10万人規模の調査では、2017年に37.4%だった…

    カテゴリー: 特集|タグ: , , , |

    藤井聡太の年間獲得賞金「1憶8000万円」は安すぎる?チェス世界チャンピオンと比べると…

    日本将棋連盟が2月5日、2023年の年間獲得賞金・対局料上位10棋士を発表。藤井聡太八冠が1億8634万円を獲得し、2年連続で1位となった。2位は渡辺明九段の4562万円、3位は永瀬拓矢九段の3509万円だった。史上最年少で前人未到の八大タ…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , |

    因縁の「王将戦」でひふみんと羽生善治の仇を取った藤井聡太の清々しい偉業

    藤井聡太八冠が東京都立川市で行われた「第73期ALSOK杯王将戦七番勝負」第4局を制し、4連勝で王将戦3連覇を果たした。これで藤井王将はプロ棋士になってから出場したタイトル戦の無敗神話を更新。大山康晴十五世名人が1963年から1966年に残…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , , , |

注目キーワード

人気記事

1
これはアキレ返る!「水ダウ」手抜き企画は放送事故級の目に余るヒドさだった
2
JR東日本に続いて西と四国も!「列車内映像」使用NG拡大で「バスVS鉄道旅」番組はもう作れなくなる
3
【ボクシング】井上尚弥「3階級4団体統一は可能なのか」に畑山隆則の見解は「ヤバイんじゃないか」
4
舟木一夫「2年待ってくれと息子と約束した」/テリー伊藤対談(3)
5
リストラされる過去の遺物「芸能レポーター」井上公造が「じゅん散歩」に映り込んだのは本当に偶然なのか