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記事全文を読む→【サッカー事件史】「あの日」を境に口を閉ざした中田英寿の「もう、いいです。好きなように書いて下さいよ」
サッカー元日本代表の中田英寿は、「マスコミ嫌い」で知られていた。ただ、私が取材し始めた頃の中田は別人だった。むしろ「おしゃべり好きな好青年」というイメージが強かった。アトランタ五輪予選、ベルマーレ平塚などで取材した際には、気分屋の一面はあるものの、話し出すと止まらない…ということもあった。
そんな彼がマスコミ嫌いになったのは1996年、Jリーグの試合後のコメントが「切り取られた」ことが原因だと言われている。あるスポーツ紙が「中田が守備を放棄」という見出しの記事を掲載したのだ。チームプレーを無視した…といった内容だった。
この記事が出た翌日、平塚の試合に行き、試合後、問題の記事について中田に「あの発言はどういうことか」と聞いた。すると彼は深く溜め息をついて、
「もう、いいです。好きなように書いて下さいよ」
突き放すように、そう言い放ったのだ。予想外の反応に驚いた記者は「いや、どういう意味で言ったのか聞きたいんですが」と再度質問を投げかけたものの「もういいですから」と言って背中を向け、立ち去った。
のちにチーム関係者に聞くと、中田は「点を取るためにリスクを取って、守備を捨てて攻撃に行った」という主旨の話をしたのだという。中田が怒る気持ちも理解できた。おそらく私に対しても「しっかり調べてから質問してくれよ」という思いがあったのだろう。以後、中田と対面でまともに会話した記憶はなく、スポーツ紙の取材に応じることもなくなった。
もっとも、この件がなかったとしても、中田がマスコミ嫌いになる事態は避けられなかっただろう。最大の原因は、中田とメディア、特に当時のスポーツ紙の意識や価値観の違いである。
高校時代から海外移籍を見据え、英語、イタリア語などを勉強し、徹底したプロ意識を持っていた中田にすれば、スポーツ紙の記者には「サッカー取材のプロでしょ」との思いがあった。
一方、当時のスポーツ紙記者からすれば「専門的なことを記事にしても読まれないでしょ」との意識があり、サイドストーリー探しに躍起になっていた。スポーツ紙という特性を考えれば、まぁ当然である。両者の間には、最初から深い溝があったのだ。
「貝」になる前の中田は、確かによくしゃべった。しかし、それはあくまでサッカーの戦術や技術、試合に関する話題についてであって、自分が記憶している限り、自身のプライベートについて話すことはなかった。例えば彼は「野菜嫌い」で有名だったが、これに関する質問もNGだった。
現在はサッカーメディアやファンが成熟し、専門的なことに踏み込んだ記事が増えてきた。それが理由なのかどうかわからないが、中田のような極端な姿勢を取る選手の存在は聞かれない。もしかしたら、これも中田の「功績」のひとつなのかもしれない。
(升田幸一)
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