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記事全文を読む→61年ぶり「珍記録」西武×ソフトバンク戦「ノーヒットアリラン」はこうして完成した
それはなんとも珍しい記録の誕生だった。「ノーヒットアリラン」という言葉を聞いたことがあるプロ野球ファンは、どれぐらいいるだろうか。ノーヒットノーランは無安打無得点試合を指すが、アリランは無安打有得点試合のことである。つまり、ヒットを1本も打たれていないのに、四死球や失策、犠牲フライで得点を記録したというものだ。
問題の試合となった4月18日の西武×ソフトバンクは、西武の先発投手・今井達也が6回までソフトバンクを無安打1四球に抑え、味方打線は3回に1点を先制。ノーヒットノーラン達成まであと3回となっていた。
ところが7回表、ソフトバンクは先頭打者の佐藤直樹が四球で出塁すると、すかさず盗塁を成功させる。栗原陵矢の一塁ゴロの間に三塁に進み、山川穂高の三塁ゴロでホームイン。同点に追いついたのだ。
今井は後続を抑えると、その裏に西武は西川愛也のタイムリー二塁打で2-1と勝ち越した。今井は8回表、ソフトバンクの攻撃を三者凡退に斬ってとり、9回は守護神・平良海馬が続けて三者凡退に。西武が2-1で勝利し、日本プロ野球では実に61年ぶりという珍記録の達成となった。
この「ノーヒットアリラン」、日本では1リーグ時代も含めると、5度目である。90年間でたった5度となれば、その珍しさがわかろうというもの。
一度目は戦前の昭和14年(1939年)5月6日、甲子園球場での南海×阪急戦だった。南海は宮口美吉、平野正太郎の継投で阪急を無安打に抑えながら、犠飛と送球エラーで2失点し、試合は1-2で敗れている。無安打有得点試合で敗れた唯一の例で、逆に阪急は日本プロ野球史上唯一の「無安打で勝利」となっている。
二度目は同年8月3日。イーグルスの亀田敏夫が西宮球場での名古屋金鯱戦で達成したものだ。試合は2-1で勝利したが、10四死球と乱れ、失点は1回二死満塁からの押し出し四球だった。
三度目はそれから20年後の昭和34年(1959年)年5月21日。阪神の村山実が甲子園での巨人戦で記録した。村山は5回表、長嶋茂雄を四球で出すと、坂崎一彦の1塁ゴロで二進。続く広岡達朗の三塁ゴロを三宅秀史が一塁に悪送球する間に、長嶋がホームインした。さらに宮本敏雄の投ゴロを村山が悪送球して広岡が生還し、2点目。試合は3-2で阪神が勝利した。
4度目は昭和39年(1964年)年5月13日、大阪球場でのこと。南海は0-1で迎えた6回裏、広瀬叔功が近鉄の先発・牧野伸から四球を選ぶと、二盗と三盗を決める。その後、一死一・三塁とチャンスを広げると、近鉄は山本重政に投手交代した。杉山光平の二ゴロは併殺かと思われたが、ブルームがエラー。無安打で1点を取るが、近鉄が2点を勝ち越して3-1で勝利した。パ・リーグ初のノーヒットアリランとなった。
ノーヒットノーランは1リーグ時代を含めて、昨年まで102回が記録されているが、ノーヒットアリランは非常に出にくい記録だったことがわかる。
試合を観戦したファンは、歴史の目撃者となったのである。
(石見剣)
アサ芸チョイス
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