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記事全文を読む→長嶋茂雄〈ミスターの沁みる言葉編〉/ミスター「かっとび伝説」
80年10月20日、広島市民球場での最終戦、巨人はAクラスの3位を確保したが、2リーグ体制発足後としては初めて3年連続で優勝を逃した責任を取らされ、翌日、長嶋監督は突然の解任となる。
「最終戦、江川さんが先発して7回まで投げて僕は8回、9回と抑えて5対3で勝った。監督にウイニングボールを渡した時に『おい角、来年、抑えで頼むな』と言われて。その夜に長嶋解任のドタバタが起きるわけです。監督が来年もやる気だったのは、僕が一番よく知っている」(角盈男氏)
この電撃解任後の強烈な事件について徳光正行氏は語る。
「翌朝オヤジはいつものように『ズームイン!!朝!』に出演し、プロデューサーの計らいで冒頭から30分を割いてもらった。そこで『長嶋茂雄を解任する読売は許せない』と熱く語ったんです。今でこそオヤジは感動すると泣く“涙芸”みたいに言われますが、テレビでの初めての涙は“無念の涙”。母は台所で視線を下に向けたまま、時折涙を拭いている。当時小学校3年の僕は今でも鮮明に覚えてます。そして最後にオヤジは『私は長嶋監督を解任した読売グループの読売新聞はもうとらない!』と言ったんです」
読売グループの日本テレビの一介のサラリーマンが堂々と批判を繰り広げたわけだから周囲を巻き込んでの一大事となった。
「この放送は長嶋さんに伝わり、初めて長嶋さんがオヤジを認識したんです。『あの徳光というアナウンサーすごいな。俺のためにあそこまで言ってくれるなんて』と。そこからゴルフに誘ってもらい、親交が始まったんです」
鉄拳制裁といえば、星野仙一が思い浮かぶが、第一次政権の血気盛んなミスターの一面を西本聖氏が振り返る。
「79年8月1日に行われた広島戦。6点をリードした7回2死から3連続死球を与え降板。試合後、監督室に呼び出され、20発以上殴られました。ただ、殴られたから覚えているわけではありません。『逃げるな!命まで取られるわけではないだろ!』という言葉です。これで投手・西本聖が成長できたわけですから。野球人生の中で忘れられない試合です」
94年、西本氏はオリックスとの契約交渉が決裂。もう一度、長嶋監督の下で投げたいとテスト生として巨人入りを志願。長嶋に直接電話する。
「最後は長嶋さんの下で終わりたいと電話しました。長嶋さんは『お前にもプライドがあるだろう。テストを受けるのであれば考える』と言ってくれました。キャンプでは背番号なしのユニホームでテストを受け、私の願いをかなえてくれました」
テストに合格し、西本氏が選んだ背番号は90。長嶋監督第一次政権時代の背番号だった。
「1軍での登板はありませんでした。引退を決めてからヤクルトからオファーがあって、それも引退後はコーチにという好条件。『最後は長嶋さんの下でやりたい』と言った自分にウソをつくのが嫌で、そのまま引退しました」
94年のセ・リーグは史上初、巨人・中日の同率最終戦「10.8決戦」となった。西本氏の公式戦での引退試合は決まっていたのだが、消化試合が一つもなく、その予定は流れることに。
しかし翌95年1月、「多摩川グラウンド」で開かれた西本氏の引退試合に長嶋本人が現れ、心のこもった“卒業式”をやってくれたという。
「長嶋さんで始まって長嶋さんで終わり、多摩川で始まり多摩川で終わる。長嶋さんには来ていただいただけじゃなく、打席も立って走ってもらった。いろいろな方がいろいろな形で引退されたけど、最高の引退試合だと思います」
長嶋は始球式だけでなく最終回に代打としてサプライズ出場。ユニホームでもスーツでもない、革ジャン姿でバッターボックスに立ったのは後にも先にもこの時だけ。このイキな計らいは、75年の巨人入団時、94年の復帰時、2度長嶋監督に仕えた愛弟子への最大の恩返しだったのかもしれない。
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