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記事全文を読む→富士登山「女は2合目まで」江戸時代のタブーを打ち破った「バレたら罪人」決死の3776メートル「極限状態の初登頂」
世界遺産「富士山」の人気は衰えを知らない。日本人だけでなく、世界中から頂上でのご来光を拝むため列をなし、まるで原宿・竹下通りのような大混雑になる。富士登山は江戸時代でも大ブームだったが、登れるのは男性だけだった。
当時、女性は出血や出産を伴う肉体が神聖な場所を汚すなどの理由で、2合目(あるいは庚申の年でも4合5勺目)」までしか立ち入れなかった。そのタブーを打ち破ったのが、民間の富士山信仰(富士講)の革新派グループ「不二道」の指導者で小谷三志の弟子、「お徳」という女性だ。
お徳は文化10年(1813年)、江戸深川生まれで、本名は「高山たつ」という。スピリチュアルな人間と伝えられ、祈りを捧げると富士山の神霊が彼女の体に宿った。
ある日、「男女、人間は平等。女性が山に登れないのはおかしい」という神託を受けるが、もともと師匠の三志も同じ考えだった。そして江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の時代、天保4年(1833年)についに、一大プロジェクトが敢行される。
女人結界の検問をクリアすると猛吹雪の悪天候に
お徳は長い黒髪を切り落として男性の髷を結い、行者の男装で富士登山に踏み切った。甲高い声で女性だと悟られないように、江戸からの道中では口のきけない人間を装い、師である三志を含む5人の男性信者が護衛、同行者として登山に臨んだ。バレれば国家の秩序や宗教的タブーを犯した罪で逮捕される可能性さえもある、決死の登山だった。
2合目の女人結界の検問はクリアしたが、人の少ない時期を狙っていたためすでに初雪が降っており、猛烈な吹雪と寒さが襲いかかる極限状態に。それでも音を上げずに登り続け、ついに女性で初めて3776メートルの登頂に成功した。無事に下山した後、三志はお徳に宛てて直筆で「女性初の登山」という証明書を発行している。
お徳が初登頂に成功した40年後の明治5年(1872年)になり、やっと明治政府は正式に富士山の女人禁制を解禁した。彼女の命がけの登山がなければ、老若男女が富士山を登れるようになっただろうか。
現在の富士登山ブームは、彼女の存在抜きには語れない。後日、キリシタン大名として有名な高山右近の直系の子孫、高山万次郎と結婚したというが、キリスト教と富士山信仰がどう結びつくのか、それは分からない。
(道嶋慶)
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