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記事全文を読む→“巨人三本柱”江川・西本・定岡をヤル気にさせた藤田元司監督との「約束ごと」
巨人軍の歴代監督を振り返ると、「野球の神様」と称された川上哲治氏、「ミスタージャイアンツ」こと長嶋茂雄氏、ホームラン世界記録樹立者の王貞治氏、そして現在の監督・原辰徳氏は、通算勝利数で球団歴代1位になるなど、錚々たる顔ぶれが並ぶが、そんな中で藤田元司氏の存在を忘れてはならない。
藤田氏が監督を務めた1981年から3年間と、89年から4年間の通算7年間で、リーグ優勝に4度導いており、特に際立つのは、監督就任1年目の81年と89年に日本一を獲得していることから、「優勝請負人」とも称されたものだ。
そんな藤田監督と他の監督の違いを、元巨人の江川卓氏が、自身のYouTubeチャンネル「江川卓のたかされ」(3月8日投稿回)で明かしている。
当時、通常であれば先発でマウンドに上がった翌日も、投手は勝敗にかかわらずベンチ入りすることが義務付けられていたのだが、藤田監督だけは7回まで投げて勝利すれば翌日は休みといった、投手陣の意向を受け入れたのだという。「休養も仕事の一つ」といった投手出身の藤田氏らしい計らいに加え、完投数を増やしたい目的もあったようで、「だから完投多いよね。メチャメチャ完投するよね」とスタッフの笑いを誘った江川氏。
藤田監督第一次政権の江川氏の完投数に目を向けると、81年20試合、82年24試合、83年10試合。83年は右肩痛から完投数に衰えが見えたものの、81年と82年はリーグ最多。ちなみに、江川氏の最大のライバルと目された西本聖氏は、81年に巨人時代でもっとも多い勝ち星の18勝、また定岡正二氏は82年に自身キャリアハイの15勝を挙げている。
投手陣のやる気に火をつける「藤田マジック」の貴重な話が拝聴できた。
(ユーチューブライター・所ひで)
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