国税庁が9月25日より次世代システム「KSK2」を導入し、法人税や所得税、消費税、相続税などのデータが税目を超えて横断的に一元管理されるようになったが、すでに夜職の蝶たちが大きな影響を受けている。 中国地方で複数のキャバクラ店舗を手がける経...
記事全文を読む→20年来の“心友”が明かす 天才・武豊「屈辱からの逆襲」(6)
「ダービーを特別視しすぎてはいけない。3歳春に行われるオープン戦のひとつだ。でも、やっぱりダービーはほかのレースとは違う、という『両構え』で臨むのが一番いいと思う」
こう話していた彼は、翌99年、アドマイヤベガで第66回日本ダービーを勝ち、史上初の騎手による連覇を達成した。
なかなか勝てなかったGIを勝つと、連覇してしまう──エリザベス女王杯もマイルCSもそうだ。女王杯は2001年にトゥザヴィクトリーで初優勝してから04年まで4連覇という離れ業をやってのけた。これは、彼が「感覚派」ではなく「方法論確立派」であることを示している。
アメリカに長期滞在した00年はエアシャカールで2着。フランスに騎乗ベースを移した01年はクロフネで5着だった。
02年は、2月に中山競馬場で落馬し骨盤を骨折、全治3~6カ月と診断されながら驚異的な回復力を見せ、タニノギムレットでダービー3勝目を挙げた。
日本に騎乗ベースを戻し、「不可能」と言われていた年間200勝を初めて突破した03年はサイレントディールで4着、04年はアドマイヤビッグで14着。
そして05年、ディープインパクトでダービー4勝目をマーク。2着を5馬身突き放しての圧勝だった。
06年はアドマイヤムーンで7着。07年はタスカータソルテで11着。08年はブラックシェルで3着、09年はリーチザクラウンで2着。
ヴィクトワールピサで参戦する予定だった10年のダービーは、同年3月の毎日杯で落馬負傷したため参戦できなかった。02年の落馬負傷による生まれて初めての入院生活や、この10年の怪我からレースに復帰する過程で何を考え、どんなふうに自身と向き合っていたかも本書に書き込んだ。
成績不振に陥った11年はロッカヴェラーノで15着、12年はアルフレードで13着と、ダービーでも今ひとつの結果が続いたが、昨年、キズナで8年ぶりに優勝。自身の持つダービー最多勝記録を「5」とした。
武の日本ダービーでの通算成績は、24戦5勝2着3回3着2回。勝率は2割0分8厘。初勝利を挙げた98年以降だと、15戦5勝2着2回3着1回で、勝率は3割3分3厘にはね上がる。
「ダービーだけは勝てない」と言われていたのに、最も相性のいいGIにしてしまった。
25度目の参戦となる今年は、キズナと同じディープ産駒のトーセンスターダムで6勝目を狙う。
「これまでダービーを勝った馬と同じように、デビューからダービーを意識して乗ってきました。皐月賞を勝ったとしても負けたとしても、ダービーでは楽しめると思います」
昨年は同一騎手による父仔制覇と、青鹿毛馬の勝利というふたつの「史上初」のおまけつきだった。今年勝てば、幼なじみの調教師・池江泰寿の管理馬でのGI初制覇となる──。
レスター・ピゴットはイギリスダービーを、イヴ・サンマルタンはフランスダービーを9勝している。
「ならば、僕は日本ダービーふたケタ勝利を目指したいですね」
「10勝」と限定した言い方をしないところが武豊らしさだ。今年のダービーも不滅の記録への通過点となるか、注目したい。
◆作家 島田明宏
コント日本一を決める大会に「大人の事情」は無関係だった。10月17日に生放送された「キングオブコント2026」(TBS系)で、エントリー3445組の頂点に立ち、賞金1000万円を獲得したのは、吉本興業所属のジェラードン。アタック西本とかみち...
記事全文を読む→出演作を調べたいわけでもないのに、阿部寛のウェブサイトを開く。ネットが正常に繋がっているかを確かめるためだ。顔写真と文字を中心とした1990年代風の簡素なページは構成する要素が少なく、データ量も軽いため、表示が速い。ゆえに「日本最速のサイト...
記事全文を読む→お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣が、絵本作家(別名義:にしのあきひろ)としての道を歩み始めたのは2005年。「えんとつ町のプペル」が大ヒット作となり、原作者の西野が製作総指揮と脚本を兼任して、2020年にアニメ映画を劇場公開。興行収入...
記事全文を読む→

