例えば、こんな場面を想像してほしい。休日の昼下がり、渋滞を避けようと、カーナビが案内した田畑の間の脇道へ入る。一般に使われている道で、車同士がすれ違える程度の幅はある。だが速度を指定する標識や標示、中央線、車両通行帯はなく、中央分離帯や柵も...
記事全文を読む→サッカー日本代表・古橋亨梧が明かした雑草人生「プロ契約できず吐いた」嘘のような過去
スコティッシュ・プレミアシップのセルティックFCに所属し、今季の得点王とMVPを獲得した古橋亨梧。6月に日本代表復帰を果たした彼が、ヴィッセル神戸の先輩である那須大亮のYouTubeチャンネルに登場。サッカーを始めたきっかけから岐阜FCとプロ契約を結ぶまでの波乱万丈を語っている。
もともと水泳をやっていた古橋は年上の男の子がサッカーをやっているのを見てやりたいと思うようになり、小学生になると同時にボールを蹴り始めた。
中学時代に本格的にサッカーに取り組もうと、京都サンガF.C.のジュニアユースのセレクションを受験。しかし不合格になり、厳しいことで知られる地元のサッカークラブに入団した。
上手くなりたいと自ら希望したクラブ入りだったが、初練習の前には極度の緊張で親にしがみつき泣いていたという。
高校生になる時も挫折を味わう。強豪校からのオファーはなく、興國高等学校(大阪市)に進学しサッカー部に入部。そこでは「周りについていけず大丈夫かと思いました」というほど力の差を感じたという。それでも練習を重ねプロになりたいと思い始めたが、
「メンタル的にもよくなったし技術的にも劣っていたので行けるとは思っていなかった」
とJリーグのクラブ入りは断念。オファーがあった中央大学に進学した。
「東京のほうがプロのチームが多いので、東京で揉まれて頑張ればプロに近づけるかなと思って選んだ」
という大学進学だったが、4回生になりJリーグのチームに練習参加してもオファーはなかった。卒業が近づきプレッシャーを感じ始めるなか、練習後に吐いていたこともあったという。そしてようやく、岐阜FCからオファーがあり、プロへの道が開けたのだった。
日本代表選手は各年代で代表に選ばれてきたサッカーエリートが多く、古橋のような例は珍しい。雑草魂でこれからも活躍してほしい。
アサ芸チョイス
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