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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈広島・白石監督の極端な守備シフトに世界の王は!〉
「どんな守り方をしてもあんな大物を打たれたのでは役に立ちませんな‥‥」
1964年5月5日、後楽園球場で巨人対広島のダブルヘッダーが行われた。
第2試合は午後7時17分に始まった。
7回裏、1点を追う巨人は、3番・王貞治が鵜狩道旺からバックスクリーン右へ同点となる18号ソロ弾を叩き込んだ。この一発で巨人は勢いづいた。
広 0 1 0 0 0 0 3 0 0 0=4
巨 0 0 0 2 1 0 1 0 0 1=5
試合は延長10回、坂崎一彦のサヨナラ打で巨人が勝利を収めた。
冒頭の談話は広島監督・白石勝巳のもので、特大の一発を放った王に唸るしかなかった。
第1試合は午後4時30分にプレーボール。広島の先発は左腕・大羽進だった。
1回表、広島の攻撃は三者凡退、その裏の巨人も簡単に2死となるも3番打者の王が左打席に向かうと、目を疑うような光景に4万人近い観衆のどよめきが球場中に広がった。
広島の守備陣形がまるで左側からの突風によって流されるように、右方向へ大移動していったのだ。
左翼・山本一義は左中間右、中堅・大和田明は右中間の真ん中、右翼・森永勝也は右翼線に立った。
三塁・興おき津つ 立雄が遊撃の位置、遊撃・古葉竹識が二塁の右側、二塁・阿南準郎が一、二塁間の一塁手寄りだ。
定位置は一塁・藤井弘、投手の大羽と捕手・田中尊たかしのバッテリーだけ。 フェアグラウンドの左約三分の一は野手が1人もいない、仰天の守備陣形だった。
白石監督が初めて敷いた、いわゆる「王シフト」である。さすがの王も戸惑った表情を浮かべていた。
王はプロ6年目の24歳になる年。この試合まで打率4割5厘、17本塁打の絶好調だった。
64年は一本足打法の3年目だ。3月20日、国鉄(現ヤクルト)を後楽園に迎えた開幕戦で金田正一から右翼場外へ消える特大弾を放った。
この一発で波に乗った。開幕4連戦で4本塁打を放つ、絶好のスタートを切っていったのだ。
5月3日には、阪神戦で4打席連続本塁打の日本新記録を作り、この打席には記録更新がかかっていた。
白石監督は一本足に変えた王の打棒にかねてから対策を練っていた。親会社のコンピューターを駆使し、デビュー戦以来の打球を集計して傾向を探った。
長嶋茂雄と王の2人を抑えることは難しく、王に照準を絞ったのだ。
結果、打球のほとんどが引っ張ったもので右翼方向に集中していた。そこで左翼方向を捨てて、右寄りの守備に徹底したのだった。
しかし、「王シフト」の真の狙いは別にあった。王が「それなら空いている左へ流し打とう」としたらガッチリ固めた打撃フォームを崩せるという戦略だ。
注目の第1打席、王は広島の思惑に乗らない。大羽の0-1からのシュートを思い切り引っ張った。打球はライナーで一塁・藤井のグラブに収まった。
新記録更新はならず、その後も一ゴロ、三飛、二ゴロに終わった。4タコだ。
広 0 0 0 0 0 1 0 2 0=3
巨 0 0 1 0 0 0 0 0 1=2
白石は第2試合でも「王シフト」を敷いたが、残念ながら本塁打をお見舞いされてしまった。この試合は4打数3安打。「王シフト」を打ち破られてしまったのだ。
王は後にこう語っている。「一本足はいい形で打つと打球は右中間から右翼方向に飛ぶ。ファウルまで引っ張っているという意識はない。(868本塁打中)700本以上をセンターから右へ打った。ちゃんとした打ち方をすればそっちへ行く。その通りになった」
62年途中から荒川博打撃コーチとともに磨いた「一本足打法」で38本塁打を放ち初の本塁打王に輝き、翌63年も40本塁打で2年連続本塁打王になった。
もっとも、「一本足打法」は体重を乗せて球を捉えて飛距離が出るが、一方で安定感が悪くなる。不安定な打法でもあった。
63年の日本シリーズは、巨人対西鉄(現西武)で巨人が4勝3敗で日本一になった。
王は4本塁打したが、西鉄投手陣にタイミングを狂わされて打率2割2分2厘に終わった。第7戦で「二本足」に戻し、2本塁打と好感触を得た。
64年のオープン戦で「一本足」から少しずつ右足の上げ方を小さく改良。「二本足」での安定した打撃を模索したが、23打数無安打と結果が伴わなかった。
ところが、3月8日の西鉄とのダブルヘッダーで「一本足」に戻すと4本塁打を放つ。王は迷いを捨てた。「一本足打法」にとって62年は半信半疑ながらホップの年で、63年ステップ、64年は大ジャンプの年になった。
9月6日の大洋(現DeNA)戦で53号本塁打を放ち、野村克也が前年に作ったシーズン52本塁打を更新。ちなみに、「王シフト」は多くの球団が追随したが、王は決して左への流し打ちをしなかった。
「守備位置を狭められたら間を抜く。もっと狭められたら頭を越える打球を打つ」
常に「一本足打法」の理想を追求し、「もっと遠くへ」の高みを目指し続けた。
9月23日、後楽園でのシーズン最終戦となった大洋戦で佐々木吉郎から右翼席上段に豪快な55号を打ち込んだ。
王はご存じのように868本の本塁打世界記録を樹立したが、「幻の」がつく本塁打は1本もない。
「本塁打の神様」に最も愛された男らしいエピソードである。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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