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記事全文を読む→アントニオ猪木VSモハメド・アリ「ペリカン野郎」「踏み潰してやる」罵り合いの結末/スポーツ界を揺るがせた「あの大問題発言」
遡ること50年前の1976年。当時、プロボクシング世界ヘビー級王者で「世界で最も強い男」と言われていたモハメド・アリに対し、果敢に戦いを挑んだプロレスラーがいた。若き日の「燃える闘魂」アントニオ猪木である。
1976年3月のアメリカでの調印式を経て、「格闘技世界一決定戦」と銘打たれたこの30億円興行のため、6月16日にアリが来日。宿泊先のホテルで記者会見を開いたアリは、詰めかけたマスコミのフラッシュを浴びながら、のっけから強烈なビッグマウスを放つ。
「イノキがオレを尊敬しないのが気にくわん。今回はオヤジが子供を叱りつけるようにしてこらしめてやる。イノキはペリカン野郎だ。あのアゴを狙えば間違いない」
そして2人は6月18日、日本外国特派員協会で記者会見に臨むことになるのだが、ここでもアリの猛口撃はエスカレートするばかり。すると猪木がこう言い放ったのである。
「俺はファイターなんだ。トーカー(おしゃべりな人)なんかじゃない。アリ、という名前が日本語じゃどんな意味か知ってるか。ちっちゃなアント(蟻)だぞ。踏み潰してやる」
いたって静かな物言いだった。だが猪木の強烈なひと言に、怒りを露わにするアリ。さらに猪木は戦いの後に必要になるだろうと、リボンが付いた松葉杖をプレゼントするという強烈な心理戦で応酬。すると、この「蟻(虫けら)」発言をきっかけに、両者の過激な舌戦が激化した。
これを連日、ワイドショーやスポーツ紙が大々的に取り上げ、格闘技ファンだけでなく、日本中の好奇心を煽ることになった。
アリはリハーサルがあるショーだと思っていた
舌戦により期待値が最高潮に高まった6月26日、いよいよ「世紀の15ラウンド」が幕を開けた。しかし、試合では猪木がリングに寝転がり、アリの脚を蹴り続けるという異様な展開に観客、マスコミともに「世紀の凡戦」と激しいブーイングを浴びせることに。
この試合展開の裏には、ある事情があった。アリ陣営は当初、このビッグマッチを、リハーサルがある一種のショーと捉えていたのだ。ところが猪木側の公開練習で、事態は一変。がんじがらめの厳しいルールが要求され、試合直前まで水面下での駆け引きが続いたのである。
ボクシングのヘビー級選手権試合では通常、10オンスのグローブが使われる。ところが、アリが試合で使用したグローブは、特注の4オンス。極めて薄いものだ。もしアリが放つ200キロパンチをまともに食らった場合、とんでもない結果になるのは必至だ。
となれば、猪木はパンチを食らわないために半身に構えて接近し、スライディングしたローキックを繰り返すしかなかったのである。64発のローキックを放った猪木は、左足甲剥離骨折の重傷。アリも脚を負傷して、血栓症で入院。2カ月後の世界戦は中止になった。
まさに互いに「一発入れば全てが終わる」という真剣勝負だが、この試合が行われた日は40年後の2016年、「世界格闘技の日」に制定されることになった。
(山川敦司)
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