スポーツ
Posted on 2017年11月07日 05:56

元若嶋津「深刻病状」と高田みづえ「芸能界復帰」急転(2)「私はピアノ」を番組で解禁

2017年11月07日 05:56

 二所ノ関親方の回復を誰よりも祈っているのが、妻の高田みづえ(57)だろう。

「以前から、部屋の周辺で仲よくジョギングするなど、おしどり夫婦として知られていました。親方が倒れてからは、付きっきりで寄り添い続けています」(ワイドショースタッフ)

 メディアの注目が高田に集まるのも、「元歌手」という肩書があるからだ。

 高田は「硝子坂」でデビューした77年にNHK紅白歌合戦に出場し、人気は全国区に。若嶋津(当時)と婚約して引退を発表したのは85年で、当時まだ24歳だった。芸能レポーターの石川敏男氏が振り返る。

「何しろデビューから8年間で7回も紅白に出場していましたからね。結婚に反対する声は大きかったけど、高田の覚悟ある決断に周囲が折れた形です。披露宴はテレビで生中継され、松田聖子・神田正輝夫妻に次ぐ、2組目の“披露宴中継カップル”となりました」

 87年7月に若嶋津が引退してからは、相撲部屋のおかみさんとしての仕事に専念する。

「弟子の教育に一生懸命で、とにかく礼儀作法には厳しいようです。また、糖尿病を患っていた親方の食事にも気を配るなど、まさに良妻賢母ですね」(二所ノ関部屋関係者)

 メディアに登場する機会はなくなったが、歌を捨てたわけではなかった。後援者を招いたパーティーでは、往年のヒット曲で場を盛り上げた。

「リクエストされれば『硝子坂』を歌うことも。実は芸能界をやめる時に悩んだこともあって、結婚のために8年で引退したものの、本当は芸能活動を10年間は続ける予定だったそうです。そして一度は演歌を歌ってみたかった、とも。ちなみに大ヒットした『私はピアノ』はキーを合わせるのが難しいようで、一度も聴いたことがありません」(前出・部屋関係者)

 15年には「第47回思い出のメロディー」(NHK)で、30年ぶりに歌番組への出演を果たす。復活のステージでは封印していた「私はピアノ」を観衆の前で歌い上げた。

「オファーが来てから相当練習したのか、現役の時と変わらない、透き通った歌声で観客を魅了しました。ブランクはまったく感じませんでした」(音楽関係者)

 この衰えない美声に色めきたったのがレコード業界だ。

「昭和リバイバルブームによる歌謡曲人気や、今年は歌手デビューから40年の節目とあって、大手レコード会社の関係者から、“再デビュー”を持ちかけられていました。本人は相撲部屋の仕事も考慮して、『チャンスがあれば‥‥』と答えていたとか。もちろん、親方が倒れる前のことです」(前出・音楽関係者)

 夫の予期せぬ入院で芸能界復帰は急転を余儀なくされたが、病状が回復した際には「再デビュー」のニュースを聞きたいものである。

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年05月02日 18:00

    三陸沖で再び地震が発生し、富士山噴火を危惧する特番が組まれ、高市政権は武器輸出を解禁─この不穏な流れは何かの兆しなのか?いち早く察知したのは「Mr.都市伝説」関暁夫氏だ。30年以上前に作られたカードが、驚愕の未来を暗示しているという。いった...

    記事全文を読む→
    スポーツ
    2026年05月03日 18:00

    世界の大谷翔平の背中を追う「後継者」が、同じ米国で静かに存在感を強めようとしている。日本を経由せずに米大学で名を馳せて、即メジャー入団を夢見る怪物のことだ。ところが今、その進路を巡って“別シナリオ”が確定的と言われているのだ。は...

    記事全文を読む→
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/4/28発売
    ■680円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク