「20年間の現役生活、一言で言え言うたらちょっと難しいけど、どうやったと訊かれたら、不安との戦いやったですね…」こう関西弁で自身の半生を振り返ったのは、近鉄で活躍した元プロ野球選手・鈴木啓示氏。日本プロ野球名球会が運営する公式のYouTub...
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現在、山本浩二氏が理事長となり、長嶋茂雄氏と王貞治氏が顧問を務める、日本プロ野球名球会。1979年7月24日、当時は、投手が稲生和久氏、金田正一氏(いずれも故人)、野手が長嶋氏、王氏、野村克也氏(故人)など18名で発足。入会資格として、野手...
記事全文を読む→近鉄で活躍した元プロ野球選手・鈴木啓示氏といえば、最多勝利3回、最優秀防御率1回、最多奪三振8回など数多くのタイトルに輝き、プロ通算317勝は日本プロ野球歴代4位の偉業である。その鈴木氏が、日本プロ野球名球会が運営する公式のYouTubeチ...
記事全文を読む→「江夏の21球」とは、1979年の日本シリーズで、広島カープと近鉄バファローズの互いに譲らぬ第7戦目における、広島・江夏豊氏の9回に投じた球数「21」を差し、これにより広島は日本一に輝き、後に作家の故・山際淳司氏が「江夏の21球」という短編...
記事全文を読む→「オールスター9連続三振」「江夏の21球」などの逸話を持つ、元プロ野球選手の江夏豊氏。最多勝2度、最優秀防御率1度、最優秀救援投手5度、最多奪三振6度など数多くのタイトルを獲り、シーズン401奪三振は今も破られぬ日本記録である。その江夏氏、...
記事全文を読む→現在、第19代として原辰徳氏が監督を務める巨人の、初代監督をご存知だろうか…?東京巨人軍と呼ばれていた時代、1936年から就任した、故・藤本定義氏である。藤本氏は61年から阪神タイガースの監督に就任しており、巨人と阪神の伝統ある両球団の監督...
記事全文を読む→日本が誇る世界のメジャーリーガーだったイチロー氏。現在はシアトル・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターを務めている彼が、ドラフト4位でオリックスに入団したのは1991年のことだった。92年は24安打、93年は12安打と伸び悩んだが、...
記事全文を読む→3度の三冠王に輝いた元プロ野球選手であり、中日ドラゴンズでは監督も務め、8年全てAクラス入り、日本一にも1度導いた名将・落合博満氏。その落合氏が監督に就任する前、2003年の日本シリーズ「阪神タイガース‐福岡ダイエーホークス」の戦前予想にお...
記事全文を読む→“昭和の怪物”と称された元プロ野球選手の江川卓氏。1978年、ドラフト1位で巨人に入団。単にスピードのみならず、その球威、球のキレは誰もが認めるところで、球界一の呼び声も高い投手だった。1980年と81年には最多勝利のタイトルに輝いており、...
記事全文を読む→元プロ野球選手の谷繁元信氏といえば、1988年のドラフト1位で横浜大洋ホエールズに入団。その後、2002年からは中日ドラゴンズでプレーし、プロ通算27年間で2108安打を放ち、名球会入りを果たしている。そんな谷繁氏がドラゴンズ移籍3年目に、...
記事全文を読む→甲子園優勝投手で200勝以上を記録したのは、237勝の故・野口二郎氏(中京商⇒東京セネタースなど)と、201勝の平松政次氏(岡山東商⇒日本石油⇒大洋)の2人だけである。PL学園を優勝に導き、今年から巨人の投手チーフコーチ補佐に就任した桑田真...
記事全文を読む→東尾修氏といえば、西武ライオンズで通算20年間、投手として活躍。最多勝利2度など数多くのタイトルを獲ってきた。引退後、1995年からは古巣の西武で監督として指揮を執ったが、この年は主力選手である清原和博氏がシーズン途中で右肩を脱臼し、安打数...
記事全文を読む→1月14日、巨人の菅野智之が8億円で契約更改を行った。これまで日本人最高年俸だった佐々木主浩氏(当時は横浜ベイスターズ)の6億5000万を上回り世間を驚かせたが、振り返って、ピッチャーで初の1億円プレーヤーとなった選手をご記憶にあるだろうか...
記事全文を読む→NPBにおける2020年のゴールデングラブ賞は、セ・リーグでは、巨人から投手部門で菅野智之が2年ぶり4度目、遊撃手部門で坂本勇人が2年連続4度目に輝き、巨人連覇に導いた選手が順当な評価を受けている。ところで、このゴールデングラブ賞の最多受賞...
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