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記事全文を読む→江本孟紀と広澤克実が「ミスターに次ぐ天然男」田淵幸一の知られざる秘話を暴露
「あいつは面白いよ。長嶋さんの話とかさ、それに次ぐ人だよ、田淵さんって。田淵さんの天然って知らないんだよ、みんな」
野球解説者・江本孟紀氏のYouTubeチャンネル〈江本孟紀チャンネル「エモやんの、人生ふらーりツマミグイ」〉に、ヤクルト、巨人、阪神で活躍した広澤克実氏が出演。「ホームランアーチスト」と称され、1975年の本塁打王に輝いた田淵幸一氏の飄々とした天然エピソードで盛り上がった。
2002年、星野仙一氏が阪神の監督として指揮を執り、田淵氏がチーフ打撃コーチに就任。1999年オフに巨人から阪神に移籍した広澤氏が、当時を振り返る。
「2002年の時にですね、タイガースが(シーズン当初)1位でいってたんですけど、失速しちゃっですね、どんどん下の方にいっちゃって。星野さん、カンカンでですね、8月、9月にかけて選手全員集めて…」
そのミーティングで星野監督は「俺は情は持ってるけど、非情も持ってるからな。覚悟しとけ!」と大激怒。シーンとなっていると、田淵氏が「うん、じゃあ頑張っていこうか」と、のほほんとした声で言った。広澤氏は言う。
「じゃないと、あんなに仙一さんのもとでやってられないですよね」
2002年、阪神は4位に終わるも、翌2003年にリーグ優勝できたのは、星野氏の指揮力だけではなく、田淵氏の飄々としたキャラクターも奏功したのだろう。
余談だが、南海時代に最多勝、最優秀防御率、最多奪三振など数々のタイトルに輝いた杉浦忠氏は、長嶋茂雄氏と同じ立教大学で同学年。1年時に練習があまりにキツすぎて、地元に帰ってしまった。監督の要請で、ミスターが連れ戻しに出向いた。
長嶋「帰ろうよ」
杉浦「ツライんだよ」
長嶋「何が?」
ここで広澤氏が振り返る。
「『何が?って言われたら帰るしかねぇだろ」』って生前、言ってました」
ミスターにつけ、田淵氏につけ、キツさに平然と耐えうるのは適性か、天然か…。
(所ひで/ユーチューブライター)
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