名越 ロシアとの北方領土問題はどうなると思いますか? 本書で指摘されていましたが、僕も色丹、歯舞の二島返還論ではなく、「四島」に戻るべきだと思います。四島と二島では交渉のポジションや迫力が全然違ってきます。
山上 二島といっても面積では7%ですから、結局、プーチンの手のひらで踊るだけで終わってしまいました。ヘンな妥協をするぐらいだったら、まとまらなくてもしかたがないというくらいの胆力も必要です。
名越 プーチンが辞めないと、新しい交渉はできないですね。日本外交はチャンスに果敢に攻めないところがある。ソ連崩壊の時に山が動いたわけですが、日本外交は動きませんでした。当時、記者としてモスクワにいて、大使に「チャンスだから、もっと攻めたらいいのでは」と言ったら、「外交はプロに任せてくれ」と言われました。で、プロに任せた結果、今日の惨憺たる事態になってしまいました。
山上 おっしゃるとおりです。外務省、とりわけロシアンスクールは政治に弱いんです。
名越 石破総理と岩屋外務大臣については、どう思われますか?
山上 ここまでヒドイとは思いませんでした。同盟国のアメリカとしっかり関係を作ろうという意欲がものすごく弱い。中国との信頼関係と言いますが、今の中国と作れるわけがない。習近平が仏頂面で片手しか出してないのに石破さんが両手で握手をする─。中国の外務大臣の王毅が笑っていないのに岩屋さんは満面の笑み。しかも、水産物の輸入再開の話や、在留邦人の安全の話という懸案が解決してないにもかかわらずにですよ。根本的におかしいです。
名越 確かに、ここまで中国に擦り寄るとは意外でしたね。日本側は大阪万博開催中に「日中韓首脳会談」を大阪で開きたいようです。ただ、戦後80年の今年は、中国や韓国で反日機運が出るかもしれません。
山上 彼らが歴史カードを振りかざしてくるのは必至であり、日本の国益にとっては最悪です。中国と韓国が一緒に日本に来るような場は、極力設けないのが外交の常道なのに、なんで日本がやろうとするのか。彼らの外交はまったく理解できません。
名越 米中露という大国を相手にしなければならない日本は、これからどう対処すればいいと思いますか?
山上 核兵器を持っている中国・ロシア・北朝鮮に囲まれて、それらの国が日本に対する敵意を隠さない今、日本は自主的に防衛力を大幅に増強すべきだと強く感じます。同時にアメリカの軍事力を最大限に活用することで、むしろ戦争は防げます。国と国との関係は、人と人との関係と一緒です。「日本と事を起こしたらとんでもないことになる」と思わせることが大事なのです。
ゲスト:山上信吾(やまがみ・しんご)前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2001年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「独裁者プーチン」(文春新書)など。